お知らせ
         
        

        

        

        

        

        

<6月の講演会案内>
四戸智昭先生講演&オープンカウンセリング


 日時:平成29年6月10日(土)14:00~16:30
 場所:あすみん(中央区今泉1-19-22 天神クラス4階)
  参加申し込み:不要 当日受付
  参加費:1000円(会員500円)
  講演会のお問い合わせは 090-8222-7403 福岡「楠の会」

楠の会だよりNo.180号(2017年6月)記事より

まず最初にNo.180号の記事を訂正させていただきます。

「情報プラザ」で紹介しました
講演会「不登校・ひきこもり・ニート等困難を抱える子ども若者の自立支援」
  7月13日(木)14:00~16:00
  講師:谷口仁史氏(NPOスチューデントサポートフェイス代表理事)
  会場:福岡市市民福祉プラザ1階ホール(福岡市中央区荒戸3-3-39)
の日時が間違っていました。

  7月4日(火)13:30~15:30  が正です。

ご関係の皆様にはご迷惑をおかけして申し訳ございません。
以上、宜しくお願いいたします。

<今月のトップ記事>

希望に生きる               甲木敏光

東京大学教授に目と耳が不自由な福島智さんがいる。

3歳頃から難病の為に目が少しずつ見えにくくなりはじめて、18歳で目も耳も完全に感覚を失った人である。
そうするとどうなるのか。宇宙に放り出されて完全にひとりぼっちになるそうである。
本来なら絶望に生きることになるのであるが、こういう状態になっても、神や仏は私に絶対生きる意味を与えて下さっていると信じられたそうである。

だから、全盲ろう者になった18歳から指点字を使って会話や勉強を猛烈に頑張って大学に入学されて、現在は、障害学バリアフリー専攻科で研究されている。
障害者が障害学を研究することは、男性が女性の研究すること、女性が男性の研究すること、健康な人が障害者の研究することとは反対の、当事者自身しかわからないことが分かるという点で、大変意味のある研究になると悟ったそうである。

私が一番感銘を受けたのは、全盲ろう者という精神的に絶望の状態になるのが普通なのに、彼は、神や仏から必ず生きる意味を与えて下さっていると信じたことである。
私は現在宗教を学んでいるので、苦悩という福島智教授の公式に魅かれる。

苦悩=絶望➕生きる意味・‥‥ 全盲ろう者になっても生きる意味があると信じていた。
絶望=苦悩➖生きる意味 ・‥ もし、絶望の意識を持って生きていたら自殺をしていたかも知れないが、彼は自殺は一度も考えたことはなかったそうである。
公式を変換して、生きる意味=苦悩➖(➖絶望)・‥‥
      即ち   生きる意味=苦悩+希望

人はみな自ずからの生きる意味を苦悩して模索して生きている。そして、語る相手と希望を求めている。
生きる意味は人生の希望探しになるのかもしれない。
私63歳、これからの希望(幸せ)探しを始めます。
32歳の次男と共に‥‥。      

<平成29年度(2017年度) 福岡「楠の会」総会報告>

平成29年5月7日(日)福岡「楠の会」総会が無事に終了しました。

皆様にご出席いただき、時間ぎりぎりまでお顔を合わせて率直な思いを語り合い、大変有意義な集いになりました。

1.開会挨拶  代表 甲木敏光さん
会の活動にはなかなか出席でできていないが、できることがあればとお世話させていただいています。
この間ひきこもりのことを勉強し、40歳を過ぎた人が多くなっていることを知るほどに、自身の問題をふくめて、親子共々高齢化していることが懸念されます。   
私は心理学・宗教・哲学を勉強しているが、幸・不幸の感じ方は、心の持ち方次第の面があります。
天気なら天気で喜び、雨や嵐でも喜ぶような、自然と共にある考え方を持っていたいと思います。

2.議長・書記の選出 議長 /Aさん 書記 / Sさん

3.議事

(1)平成28年度 事業経過報告
28年度は、それまで使っていた福岡市内の会事務所を閉鎖し、会の活動も8つの部会ごとに行うこととなった最初の年であった。
戸惑いと試行錯誤のなかで各部会の活動が進められ、その経過は次のように報告された。
(久留米の会、筑紫野の集い、糸島の会は欠席)  

 <福岡の会> 吉村さんより
  “あすみん”(福岡市ボランテイア交流センター)を主会場に、定例会としてミーティングや学習会を実施。
参加メンバーは固定していなくて、新聞やホームページを見て新しい方も何人か参加。
9月には公開で四戸智昭先生の講演会と10月は若者体験発表会、1月からは「傾聴」の学習会をしている。
また2月には同じく公開で講演会「ひきこもり支援と就労支援」(山田孝明氏,鳥巣正治氏)をした。
 
<福岡東部の会>Kさんより   
 2ヵ月に1回、いつもの顔ぶれで話しあい報告しあえることを楽しみにしている。新しい方が来られて問題を語られると、それぞれに自分の体験を話して、勉強しあっている。
(補足/吉村: 10人以上という、一番参加者の多い部会。
講師を招いて話しを聞くというより自前の体験交換がうまく機能しているようだ。
親御さんが会に出席されたのが契機でお風呂にもはいらないと困って来られたお母さんから時を経て娘が働き出したと、嬉しい報告を受け、親の会の力があることを思った) 
 
<親父の会> 宇都宮さんより    
私は入会して7年目だが,82歳で足腰を悪くしており老化を感じている。
ひきこもりの子どもに働いてもらいたいと急いでもダメだと思うなかで、要は親父だとの気づきがあり、この部会を立ち上げて3年目。
名簿のメンバーは20人だが、毎回の参加者は、支援者を含めて10人くらい。
会場は会員の一人の近隣の集会所を利用して、2ヵ月に1回の目途で集まっている。
今年は4回しかできなくて残念。
価値観の違う父親の交流に意味があると思うので、ぜひ出席してほしい。   

<宗像の集い> Aさんより    
去年2月に立ち上げ。毎回の集まりは、7~8人の参加。
前半はトピックス(ラジオ・テレビの録音・録画)を教材にして勉強会をし、後半は父親・母親がそれぞれに立場から意見や思いを語るという形式。
父親と母親では考えが違うことが実感される場面もあった。
新しい方3人のうち2人は西日本新聞の情報コーナーを見ての参加だった。情報提供の大切さを感じた。   

<大牟田の会> 古賀さんより   
 楠の会の会員は私だけであとは関連のグループと一緒に学習会&講演会を開催してきた点が、他部会とはちがった活動となっている。
一昨年12月 KHJ新潟の三膳さんを招いての講演会(80人参加)。
昨年5月四戸智昭先生講演会(「家族機能とひきこもり」40人参加)、12月学習会と家族交流会(40人弱参加)。   
 筑後の不登校・ひきこもりの会事務局との交流会や懇親会を、8月と今年3月に実施。できたら私個人で相談会をやり今後会員を少しずつふやしたい。

<ボランテイアスタッフのご協力>    
 毎年ボランテイアの方が数人会の活動に参加されてきたが、昨年度は特に運営委員が少なかったところを、事務所撤去という大事業をやり遂げることにお力を貸していただいた。
またパソコンを使って名簿管理やメール発信、会報編集もやっていただいた。心から感謝申し上げます。

(2)議案審議
第1号議案 会計報告 野田さんより  
昨年度より会費を今までの半分に下げて年会費6000円とした。困っている人たちが会費で躊躇することなく駆け込んでこられるように、という趣旨だった。
おかげさまで昨年度と変わらない会員数を維持できた。
第2号議案監査報告

第3号議案 平成29年度事業計画案
① 今年度は昨年度はじめた支部活動を、親たちが駆け込み寺のように利用していただけるよう、それぞれに工夫していく。高齢や病気で退会した親、参加できない親たちともつながりを維持していく。
② やっと厚労省も40歳以上のひきこもりに注目し対策が講じられていくことになった。全国親の会との連携を持ちながら高年齢化対策を模索していきたい。そして親たちに何か役立ち感が持てる活動を進めていく。
③ ひきこもり、発達障害、精神障害など関係機関団体との情報交換を心がけ、様々な社会資源の活用と生き方の情報を収集する。
福岡市ひきこもり支援機関「よかよかルーム」のスタッフの方の参加がありご意見をいただいた。

第4号議案 予算案
前年度改正した年会費6000円を今年も継続する。
会員が今年と同じであればかなり余裕があるが、学習会等の講師謝金や全国大会参加の補助、運営委員の交通費に当てるなど有効な使い方をしたい。

第5号議案役員選出 
代表・名簿管理・事務局・ホームページ作成・会計は昨年度と同じ委員が当たる。
今年度はこのメンバーにお2人のボランティアスタッフが参加。
ぜひ各支部から代表として運営委員会に参加をお願いしたい。

◎第2部 家族交流会
大牟田や宗像、古賀市、福岡市など日頃お顔を合わせることがない親たちが一堂に会し、4グループに分かれて、いま困っている問題とその問題にどんな対策が欲しいかを話題として話し合っていただいた。
時間が足りないくらいだった。
今年はこのような全部の支部の人が集う食事会など検討したい。
(以上は総会議事録を参考にまとめました。会報編集係)      

福岡「楠の会」支部会だより

数ある支部会だよりから2ヵ所をWEB編集者独断で選んでいます。他の支部会の状況をご覧になりたい方は、楠の会だよりNo.180号をご利用ください。

★ 筑紫野の集い 5月10日(水)カミーリヤ  

 楠の会だよりにも記載されていましたが、新年度になり色々な場所で講座や教室が始まります。
先月の話しの続きから、発達障害についても勉強してみたいという方もいらっしゃいました。
各家庭での問題解決への父親の関わり方についての話しもでました。
今回心に残った言葉は「親がひきこもっている事をどれだけ受け入れているかが当事者の居心地の良さになる」。
受け入れるには親も学ばなければいけません。
当事者が動きだすエネルギーを蓄えるためにも居心地が良くないといけないんですね。
以前の四戸先生の「賦活的に見る事が大事だ」という話しも出ました。
賦活とは「活力を与える」ことだそうです。
当事者が動きだすことができるように、居心地がよい家庭で「力」を貯めてもらうということでしょうか。  

★ 福岡の集い 5月19日(金)あすみん 

「人は変えられないが、自分が変わることはできる」と言われます。
今回の学習会は自分を変えるために<自分の思考や行動パターンを知ろう>というテーマでワークをしました。

人間の思考・感情・行動の基になっている3つのパターンの心の状態 
①親的な心(ペアレントのP)、
②冷静で成熟した大人の心(アダルトのA)、
③子どものような心(チャイルドのC)について知り、

更にPを2つに分けた、
支配的な親の心(コントロールペアレントCP)、
養育的な親の心(ナーチャリングペアレントNP)、

Cを2つに分けた自由な子どもの心(フリーチャイルドFC)、
順応な子どもの心(アダプティッドチャイルドAC)

と5つの心の働きがあることを知ったうえで、自分がその中のどのパターン(心の働き癖)が多いか自己分析してみました。

例えば友人と待ち合わせして時間になっても相手が来ないとなった場合、

・CPの心が働けば『遅いな、遅刻なんてもってのほかだ!』
・NPの心が働けば『何か途中であったのかしら?心配だ…』
・Aの心が働けば『交通情報で遅れの原因を調べてみよう』
・FCの心が働けば『もういやー!お茶飲みにお店に入っ  てみようかな』
・ACの心が働けば『私が待ち合わせ時間や場所を伝え間違えたかも知れない…どうしよう』

5つのパターンの特徴を理解したうえで、そのパターンを意識しながら実際に参加者同士で傾聴してみるというワークをしたところ、
話を聴く姿勢に、この心の働き癖が密接に関係していることがよくわかり、養育的な親の心が強く働くと、つい相手を助けようとアドバイスをしたくなる、
また反対に支配的な親の心が強く働くと、つい自分の思いや意見を前に出し、反対意見を受け入れようとしない傾向があることなどがわかりました。
どちらも話し手の自律を阻害する原因になるとのこと。

どの心の働きも適材適所で必要ですが、家族の中で関係性がうまくいかない場合には、自分の心の働き癖が原因であったり、あるいは誰かの影響が強すぎていないかを考えてみるといいです。

自分自身を知ることで何よりも心の平安が持てるのがいいことではないかと思います。


先月のビデオを見ての感想エッセイの続編(その2)を楠の会たよりNo.180号(2017年6月)にも記載しています。それを以下にご紹介します。

ドキュメンタリー「自閉症の君との日々」を見て(その2)
   
2017.05.24(A男)


楠の会だより5月号(No.179)に記載したものの続きです。
このドキュメンタリーの主人公東田直樹さんを、制作した放送局は次のように説明しています。

現在24歳の東田直樹さんは日常会話は不可能ですが、文字盤で意志を伝えられるという極めてまれな能力を持っています。
謎に包まれた自閉症の世界と健常者の世界の橋渡し的な存在です。
東田さんが13歳の時に書いたエッセイは、世界30か国でベストセラーとなりました。この本を読んで初めて、自閉症の子どもの心の声が聞こえたという家族も数多くいます。


          《僕のことは不幸に見えますか?》

ある日東田さんは日本から9000㎞離れたアイルランドの高名な作家デイヴィッド・ミッチェルさんを訪ねた。
ミッチェルさんには10歳になる自閉症の息子がいる。
息子の考えていることが分からず困り果てていた4年前、日本語を読むことが出来たミッチェルさんは上記のエッセイに出会い、息子の行動がすべて理解できるようになった。
早速英訳して出版した。それがまた他の言語に翻訳され、世界中のひとに読まれるようになったのだ。

そのミッチェルさんも子育てで不安があるのか、主人公に尋ねた。
「僕の10歳の息子は友達ができるのが難しいですが、今後、友情というものはもっと簡単に持てるようになるでしょうか」
主人公は聞き返した。「それは友達が出来て欲しいから言っているのですか?」
「自分の息子に友達が出来たらいいなと思って質問してみたんだ」
「僕には友達がいない。僕のことは不幸に見えますか?」
「結構幸せそうです」
「僕たちが感じているのは、友達がいないと可哀そうで気の毒だと思っている人たちの勘違いです」
「私の息子の友達不足は息子の問題でなく、息子の友達不足は私の問題です。今からこのような立場で考えようと思います」。

さすが有名な作家だからだろうか、ミッチェルさんは直ぐに主人公の言いたいことが理解できたようだ。
自分の息子に友達が出来ないので、将来も友達なしでは生活が困難ではないか、それは不幸なことではないかと心配していたのだ。
しかし、そのことはミッチェルさん自身、即ち親の立場での価値判断だったのだ。
それを主人公は鋭く指摘したのだ。
「友達がいないことは不幸だというのは、親であるミッチェルさんの側から見た考えでしょう? 自閉症である僕には友達がいませんが、僕が不幸であると見えますか? 
あなたの息子さんは、自分は不幸だと考えているでしょうか? そんなことは無いと思いますよ」と言っているようだ。

        《おばあちゃんは変わってしまったのか》

主人公にはおばあちゃんがいる。
おばあちゃんが認知症で物忘れが目立つようになってきた。
それを主人公の母親はとても嘆いている。主人公は自分であればそんなおばあちゃんの幸せな部分を見つけられるはずだと考えて、母と二人でおばあちゃんを訪ねる。

ホットケーキを焼いてくれたが、以前と違いずいぶん焦げている。
やかんで湯を沸かすとき何度も何度も火を付けたり、消したりを繰り返えす。
引き出しから物を取り出すとき、何を取り出すのかを忘れてしまう。
そんなおばあちゃんを見て余りの変わりように驚いて、おばあちゃんの幸せを見つけられないまま、おばあちゃんの家をあとにする。

外国の作家の家を訪ねて帰ってきた主人公は再度おばあちゃんの家を訪ねる。
今度こそおばあちゃんの幸せを見つけるぞという思いだ。
お茶を入れてくれたり、座布団を勧めてくれたりする、やさしいおばあちゃんに質問する。
「おばあちゃん、迷子の子どもを見つけたら何と声をかけますか」
「いっしょにおかあさんをさがしてあげる」 
主人公はおばあちゃんのやさしさは以前とちっとも変っていないことがわかった。
見た目のおばあちゃんをみて、変わってしまったおばあちゃんを嘆いていたのだ。
おばあちゃんは、物忘れがひどくなったことを分かっていながら、主人公たちには今もやさしくしてくれている。
おばあちゃんは十分幸せなのかもしれない。
おばあちゃんのやさしさは全く変わっていない、本質を見ないで見た目にとらわれていた自分を反省するのだった。

      《親の立場でなく・・・・、安心感ある環境づくりを》

 これら二つのエピソードに対して、この私はどうだろうか。
家にいてあまり働かない子どもを見て、なぜ普通に働きにいかないのか、怠けているのではないか、将来をどのように考えているのかと嘆いてはいないのか。
先日、別のラジオ番組で、不登校の経験者が「甘えていると言われるが、学校に行けないことは本当につらい。周りにそのことを分かってくれる人がいると良いのだが」といっていた。
不登校もひきこもりも同じように自分の状態をつらく思っているという。
本当につらいのは、学校に行きたくてもいけない本人だ。働きに行きたくてもいけない本人だ。
親の立場で子どもを見るのでなく、当事者がどう考えているかを考えることから出発しなければならないと思う。

本当に無条件でかわいかったあかちゃん時代、エネルギーに満ち溢れ騒ぎまくっていた幼稚園時代、いろいろなことを学び知識を身につけるに従い、エネルギーを内に秘めるようになり、そしていつの間にかひきこもってしまった。
安心感の中でゆっくり過ごすことにより、心のエネルギーをためていけば、きっと生まれながら持っている凄いエネルギーを発散する日があるに違いない。
そう信じて安心感ある環境作りをしたいと思う。