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■楠の会だより投稿文の紹介■


トップページで紹介出来なかったものをここで紹介します。

投稿    新しい生き方を求めて…                 

私は今とても気持ちが軽くなっています。
本当に生き返ったような気持ちです。
家は福岡市にありますが、昨年から黒木町に空き家を借り、数日泊まり込んでそこで季節によっていろいろな作業をやっています。
冬はたけのこ農園の土づくり、春たけのこが取れると道の駅に持っていき販売しました。
今は春に植えた紫蘇を刈り取り、手を赤く染めながら梅干し作りにかかっています。
三男が時々私と一緒に来るようになりました。
はじめはおずおずと仕事に加わりましたが、私の仲間たちが事情を知っていて、ごく普通にお相手をしてくださるせいか、あまり緊張しているふうでもなくて、収穫の手伝いをしたり、わからないことを教えてもらったりするようになりました。
18年前我が家の三男は高校中退後、ひきこもり状態になりました。
考えてみれば私たち夫婦は長年ほとんど会話をせず、ただ同じ家に一緒に住んでいるとしか言えない状態でした。
それでも私は夫に代わって町内の役目をこなし、不動産の管理から3人の子どもの養育を私の仕事としてきちんとやろうとしてきました。
舅姑の最後も看取りました。
ある日新聞でひきこもりの親の会の存在を知り、「楠の会」に入りました。
講演会にでたり、本を読んだり、同じ仲間のお話を聞いたりいろいろやってきました。
若者支援をしている人に息子を連れだしてもらったこともあります。
精神科のお医者さんに訪問に来てもらったこともあります。
支援者の方に泊まってもらったこともあります。
しかし私のしかけには関心を払ってはいたようでしたが、知らん顔でした。
息子はもともと無口な性格で、ネット販売をやってみたり、私には解せないことをいろいろやっていましたが、それをじっと見ているしかありませんでした。
5年前でしょうか、楠の会のご縁で黒木町で町興しをやっている人たちと知り合いになり、それから私は黒木町に行くことが多くなりました。
家を離れることは私にとってとても楽しみになりました。
その頃「ひきこもりと家族トラウマ」(服部雄一著NHK出版)を読み、私は正に共依存をやってきたのだと気が付きました。
家族のためではなく、自分のために生きていいんだと思いました。
また、川村妙慶さんの仏教講話を聴き、「今のままで死ねますか?」という問いを自分に向けた時、ハッとしました。
そう長くは生きられないのは確かだ、自分がしたいことをやっていいのだと、自分が認められたようで心から勇気づけられました。
今までどおり、掃除や洗濯、料理をやっていく生活はもうやめたいと心から思うようになりました。
幸い夫も私の行動に文句は言いませんでした。
私も家の中の家事は一応やってから黒木町に行くことにしていました。
定年後の夫はシルバー人材センターに登録して働いていることもありましたが、今は私が留守をしている間何をしているかわかりません。
私がいない間息子と夫は2人で家の中で過ごしているでしょう。
今黒木町では過疎高齢化対策として外部の人たちを受け入れ、町興しをやり始めています。
黒木町に家を持つようになって町興しの仲間にも入れていただくようになりました。
一言付け加えますが、私は夫を責めているわけではありません。
夫婦らしさを回復しようとしなかった私にも大いに非があります。
ただこれからはそれぞれが一人の人間として、自分の人生を自由に生きていいのではないかと思っています。
これからどうするのかはっきりした目途はありませんが、ともかく自分が納得するように自由に生きようと決心しています。
車で移動する時、息子が後部座席でポツンと言った一言があります。
「お母さんが楽しくないことは僕はしない」と。(T・M)