■楠の会だより投稿文の紹介■


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 2割さぼっても回る社会


ご無沙汰しています。
毎回楠の会だよりを読ませていただいていますが、12月号の「斎藤環さんの声に耳を傾けよう」を読んで「そうよ、そうなのよ!」と、とても賛同いたしました。
次男が10年近くひきこもっていた頃そう思うようになっていました。
そうしたら偶然にも自分から出ていくことになりました(今は地元に帰り、資格を活かして介護施設で働いています)が、斎藤環先生の「二割はさぼっても回る社会」はその時からの私の想いでした。
現在長男が発達障がいで、「さぼっている2割」に入っていますが、私は受け入れています。世間や社会が認めてくれる心の大きさや豊かさを願っています。
ひきこもっていても障害を持っていても人種や性別、性的嗜好などの差別がなくなればいいなと思っています。
そのためにも親の会の楠の会の存在は大きいと思います。
会の20年余りの実践に大きな敬意を表します。
それから「たびだち」もありがとうございます。
すべての内容が素晴らしいです。
それからQRコードを聞かせていただきました。
初めてお聞きする四戸先生のやさしさにあふれるお声に感動しました。(会員K)

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 もう22年が経ちました!

  
息子が引きこもったのは22年前、そして社会復帰して10年がたちました。
時間はいい薬です。辛いこともあったはずですが今は遠くでかすんでいます。
大学4年も半分が過ぎた頃、遠方の大学から「来ていない。卒業できない」と連絡がありました。
そして休学復学を繰り返し時間切れで大学を辞めました。
大学を辞めたら元気になると思いましたがそうはいかず、それから長い時間が必要でした。
楠の会に入会したのがその頃で、楠の会主催のサポーター養成講座5回に出席し、KHJ初代代表の奥山雅久さんの講演もお聞きしました。
長くなってくると私も肝っ玉が据わったというか開き直ったというか、折角一緒にいるのだから一緒の時を楽しもうと思えるようになりました。
神様が「もう一度子育てを楽しみなさい」と息子を返してくれたのだと。
それでも親の無力さを感じていました。
私達家族の中で大きな役割を担ってくれたのは妹(2歳下)と弟(4歳下)だったと思います。
彼等は子供の頃と変わらず「お兄ちゃん」と接していました。
一足先に社会人となった弟は休みには家に帰ってきて兄と一緒に過ごし音楽やスポーツの話などしていました。
妹の子供たちは「にいに」「にいに」と慕ってくれ息子もかわいがりました。うれしかったしありがたかったです。
息子の孤独感は和らいでいったと思います。
劇的に変わったのはパソコン教室に通ってからです。
親に勧められ仕方なしに通い始めたと思いますがそこで知り合った自分よりずっと若い人たちから親ほどの年の人までと知り合い日毎に元気になりました。
目力が増し声も表情も明るくなりました。
大げさですが、息を吹き返す、生き返ると思えるような変化でした。
我が子の変化を目の当たりにし、家族ではない他者とのつながりがこんなにも人に力を与えるものかと深い感動を覚えました。
パソコン教室に通い、アルバイトを始め、教室が終わったときに知人と起業しました。
一生懸命働いていましたがその会社は5年で終わりました。
会社を閉めるという挨拶回りをしているときに、うちに来ないかと声をかけてくれた会社があり、今はそこに就職し忙しく元気に働いています。
3年が経ちました。 (会員N)