■楠の会だより投稿文の紹介■



講演会「子のひきこもり長期化に悩む親たちへ」 感想
    

2.家族を見守る<ご本尊さん>

山田孝明先生の「親の死体と生きる若者たち」という本の中に、“町田弘樹氏の尽力と助言に感謝します。”という言葉があとがきの最後にありました。
町田さんお元気だなと確認しました。一年ぐらい前の楠の会の講演会で話してくれた京都在住の当事者の方です。
多分過去の会報をめくれば町田さんの講演内容が書いてあります。
一年前は当事者で回復した人の話は新鮮で真剣に聞きました。
肩の張らない関西弁の優しい口調で、淡々と自分の今までの歴史を語ってくれました。
その時偶然に帰りのエレベーターが一緒だったのでお話を少しだけしました。
「神様も町田さんを見込んで色々と修行をさせますね」、「自分みたいな人間の話を聞いて頂けるだけ有り難いと思い、福岡まで来さして頂きました。」
この人はなんとバイブレーションの細やかな魂だろうと思わず手を合わせたくなりました。
なんで神様はこんなやさしい人に試練をあたえられるのだろうかと考えたものでした。
「親の死体と生きる若者たち」の「第三章・子どものひきこもりの長期化に悩む親たち」の中に【ひきこもり仏】という章があります。
引用します。『動かないもの動かせないもの。それは御本尊さんです。仏壇の中には家族を見守るご本尊さんがあったのです。特に苦しい時や辛い時にはその苦しさの半分を、ご本尊さんが背負ってくれたのです。私はひきこもりの青年を訪問する活動をするようになって、初めて気がつきました。動かないもの、動かせないものであるご本尊さんは、ひきこもりの若者そのものなのです。家族の病理を一身に背負っているように思えてなりません。』
ひきこもりを直すという考えからすこし肩の力を抜いて今の自分の家族のありようを考えた時、問題は子どもたちではなくて家族のありよう全体だと山田先生は問いかけられたと思います。
功利性経済性のみが優先される今の世の中で、ひずみが様々な場面に登場しています。
今日のニュースは昨日のニュースと同じほど大変なニュースですが、あっという間に忘れられていきます。
壊れた歯車がまた暴走してしまいました。ひきこもり仏陀は又ため息をついて、悟らない親達を憐れんでいるのかもしれません。
今のままの社会に戻ろうとせずに、新しい生き方を模索せよという奥の深いアドバイスが山田先生からありました。
若い仏陀たちの覚醒を祈ります。(会員S)