■楠の会だより投稿文の紹介■

<皆さんの声Ⅱ>
こころを耕し、繋がること。─きょうだい、そして家族と─
 

先日、久々に実家に電話をかけました。
コロナのため昨年度より約2年間、両親とひきこもりの弟と顔を合わせていません。
ここ最近は音沙汰がなく、「便りがないのは良い知らせ」と自分に言い聞かせつつも、内心は実家の様子を案じていました。
今年我が娘は最後の七五三。
このご時世なので、家族4人でこじんまり済ませることは致し方ないと思いつつも、娘のこと孫のこと、両親は心にないのではないかと、さみしく思う気持ちもありました。

そのような時こそ携帯(LINE)の出番であるとばかりに、ビデオ通話機能を使いました。
娘が「〇〇くん(私の弟)に代わってー!」と両親に伝えた直後、携帯の画面に久しぶりに見る弟の姿が。
ひょっこり顔を出し、娘と笑顔で近況を報告し合う姿をみて、私も少し安堵したのでした。父は今夏に心臓の手術を受け只今リハビリ中。
コロナ不安も相まって、かなり用心深くなっていました。
最低限の外出・運動に徹底するため、定年退職後本格的に始めた家庭菜園も今は全く手つかずで、弟が担っているとのこと。
気分の波があり、何もできず過ごす期間が不定期にあるのに、無理に役割を引き受けていないだろうかと懸念しました。
そこでふと、今年の春先に携帯に届いていたメールを思い出しました。電話を終えて読み返すと、畑作業を通して感じた思いがつづられていました。

〖…前畑で薩摩芋を植えて、青々と葉が茂り、いざ収穫!と意気込んで掘ってみたら、なかなかな立派な芋が。しかしムカデも同時に増えていたんです。それ以後発見次第ムカデを殺める癖をつけてめっきり見かけなくなった頃に再び薩摩芋を収穫したら、なんと芋が虫食いだらけになっていたのです。ムカデが占めていた役割を痛感し、自分の安易さを悔いました〗
〖手紙を読むと、お茶を飲み終えた後のように、気持ちがほっとするのは不思議なものですね。(略)人と気持ちが通じ合う、とまでいかなくても、人との間に道があると思えるだけでも、人が感じるものがあるのかもしれない〗
堆肥作り、土づくり。試行錯誤で思うようにいかないジレンマも経験しながら、四季を通じて作物を育てることは、見えない心の強さを緩やかに育んでくれるように思いました。
〖いつの日か、懐かしい故郷を、今まさに耕しながら、だれかの向こう側に作っている瞬間があるかもしれない〗

そう締めくくられた文章を読みながら、気づけば今年もあと少し。
ですが、どこか温かい気持ちになったのでした。(福岡きょうだいの会メンバー T)