■楠の会だより投稿文の紹介■


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   ♪ 何度でも何度でも…♪ 


昨秋の事になりますが、映画「朝が来る」を観に行きました。
未成年で子どもを生み、その子を特別養子縁組に出すというお話です。
「ひきこもり」とは関係ない映画と思って観ていたのですが、あるシーンがとても心に残りました。
それは、家族の隠したい事実を親戚に打ち明けた母親と、その娘と、その事実を知らされた親戚の叔父さんが、お祝い事の親戚の集まりで会し、揉め事が起こるシーンです。

私は未だに両親には息子の「ひきこもり」のことは言っていません。
認知症も進んだので、今更言うつもりもありませんが、ひきこもりが始まった約5年前は、そのことにとても悩んでいました。
私の父は高度成長期に会社員として働き、出世して給与が上がることが「人生の幸せ」と信じて疑わない人ですので、息子が会社員だった時は「どうや、係長くらいにはなったか?」と聞いてきました。
幼稚園教諭になった娘には「何で小学校の先生にならんのか?」と、職種の上下が有るような差別的な言動もしばしばでした。
私の母も、「孫の自慢話をして鼻高々になりたい」というような人です。
ですから「ひきこもり」のことは、ひたすら隠し通してきたのです。
盆正月は、もちろん息子は顔を出さず、息子のことを聞かれた時には、誤魔化し、他の話題に変更する緊張した時間を過ごし、酷く疲れました。

その代償として、我が子たちは「私の両親を慕っていない」という結果になっています。
「どんな事があろうと、生きて会いに来てくれるだけで、嬉しい。」と言ってくれる両親なら、どれだけ救われたでしょう。
両親の言動は私の反面教師として、深く心に刻みつけ、私は「丸ごと受け入れられる親でありたい」と思っています。
それでも、この気持ちをずーっと持ち続けるのは、難しいです。
葛藤もあります。時々イライラする自分も許します。

実家から自宅に戻る車内で、ドリカムの「何度でも」という曲を大声で歌って、気持ちを立て直します。
歌詞の大好きなところがあります。*部分
 *口にする度 本当に伝えたい言葉は
  ぽろぽろとこぼれて 逃げていく
  悲しみに支配させてただ
  潰されるのなら

  何度でも何度でも何度でも
  立ち上がり呼ぶよ
  きみの名前 声が涸れるまで*


息子は、バイト4ヶ月続きました。引き続き、見守っていきます。(F)