お知らせ
         
        

        

        

        

        

        

楠の会だよりNo.184号(2017年10月)記事より

秋深き 隣は何を する人ぞ  松尾芭蕉 
さわやかな秋風が吹いてどこかお出かけにいい季節です。皆様お変わりなくお過ごしでしょうか。 ==============================================

<11月のフォーラム案内>
 宮本常一生誕110年出版記念福岡フォーラム

 ~「混迷の時代の羅針盤」宮本常一が、今問いかけること~


 日時:平成29年11月5日(日土) 13時~16時30分
 意見交換;13時~15時、交流・相談会;15時15分~16時30分
 会場:西日本新聞会館 12階3号会議室(70席)
       (福岡市中央区天神1丁目4番1号)

 パネリスト 下記チラシを参照


「宮本常一を語る会」主催のフォーラムです。福岡「楠の会」も後援します。パネラーには楠の会関係者も登壇します。ぜひご参加ください。
 
   ファーラムの申込お問い合わせは
   ℡&fax 092-326-5336 ギャラリー樹庵(長岡)
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<12月の講演会案内>
講演会 引きこもりを考える
 ~引きこもりの現状とそれからの未来をみつめて~

 日時:平成29年12月9日(土) 14時~16時
 場所:メイトム宗像 101号室
       (宗像市自由ヶ丘7-31-7)

 講師 佐藤 武 先生
    (佐賀大学保健管理センター センター長)


NPO法人 「丘の上の街」主催自立支援活動セミナーの第一回セミナーです。参加費無料ですので、ぜひご参加ください。
 
   講演会のお問い合わせは
   080-3991-7778 NPO法人 丘の上の街
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<今月のトップ記事>

幸福の哲学 アドラー×古代ギリシアの智恵

今回は哲学者岸見一郎先生の「幸福の哲学 アドラー×古代ギリシアの智恵」(NHKラジオで文化講演)をご紹介しようと思います。会員Aさんのご推薦です。
岸見先生はアドラー心理学や古代ギリシア哲学に精通していらっしゃる方で、最近「嫌われる勇気」などベストセラーを出していらっしゃいますが、ご存知の方もあるでしょう。
会報に取り上げたのは、講演のテーマである幸福とは何かということを皆様とご一緒に考えてみたいと思いました。
1時間ほどの講演の要旨をAさんが書き留めて下さっていますので、ここでは哲学者三木清の「人生論ノート」から引用されている部分を主に記しています。
できれば、岸見先生ご自身の体験を混えながらの含蓄の深いお話を、ネット(※)で聞かれるか、同名の著書が出ていますのでお読みになっていただきたいと思います。(講談社現代新書)  
※NHK文化教室青山で2017年5月27日に収録されたものを同年9月3日21時より第2ラジオ放送で放送されたもの。
NHKホームページで現在聞くことが出来ます。
「NHK文化講演会ストリーミング」で検索して出てくるHPの「ストリーミングを聴く」というボタンを押し、いくつかのテーマから選択して聴けます。11月6日まで聴取可能。

〇幸福とは何か~成功と幸福のちがい~
三木清は「個人の幸福の欲求は抹殺されてはいけない」という。個人の幸福を言ってはいけない時代だった。
さてギリシア哲学でも、誰一人として不幸(悪)を欲する人はいない、すべての人は幸福(善)を目指していると言われ、その後ずっと哲学の分野で幸福論は受け継がれている。
しかし幸福とは何かは主観的なもので定義はできない。
また「幸福感と幸福は全く違う」と三木は強調する。お酒を飲んで酩酊することや耳に心地よいスローガンを聞いて高揚するのは幸福ではなく幸福感である。幸福感は一時的な感情や感覚であり、これに流されるのは危険であると言う。(ギリシア哲学では悪は自分の役に立たないこと,善は役にたつこととなっている)
また三木清は、「人々が成功することが幸福、不成功は不幸と考えるようになって真の幸福を理解し得なくなった」と言う。
良い学校を卒業し良い会社に入ること、これは成功であるが幸福ではない。幸福は知的判断を要するものであり、各人にオリジナルなもので質的なものである。
一方成功は一般的で量的なものである。私の本は幸いにしてベストセラーになったが、よく売れるということは成功である。
しかし本が売れたから幸福とは思えない。本を必要とする人が、この本のおかげで救われたとメールをくれて初めて幸福と言える。
さらに三木は成功と幸福の違いについて、「幸福は存在にかかわり、成功は過程にかかわる」という。成功は変化と向上を求める。
幸福は変化を求めない、何かを達成しなくても良いのだ。
成功はいい学校を出る、よい会社に入るという目標を達成することである。
幸福は今生きていることがそのままで幸福なのである。今も幸福なのだが、それに気付いていないだけだ。
成功を求める人は一つの目標を達成すれば、次の新しい目標が出来る。そうすれば新しい目標を達成していない今は、幸福でなくなってしまう。

〇自分自身を見失わない~人の期待に反して行動する勇気
三木清はゲーテをよく引用するが、ゲーテの言葉として“自分自身を失わなければどんな生活も苦しくはない”と言う。
三木自身も、「幸福は人柄である。自分自身とは脱ぎ棄てることができないコートである。それは命と同じ私と一つのものだから」と言う。
しかしながら「我々の生活は人の期待の上に成り立っている」という。人々の期待に反して行動する勇気を持たねばならない。人々が期待する自分を生きることは自分自身を生きることにならない。人が期待する自分を生きる人は、自分を発見しないで終わることが多い。
自分を見つけることが幸せに近づくことだと考えている。

〇過去はない、未来を手放す、今ここを充実して生きる
今の幸せを見つけるためには過去を捨てることが必要だ。
父が認知症を患い、介護していた時のことである。認知症は常に物を忘れた状態ではなく、ある時霧が晴れたように自分が知っている昔の親に戻ることがある。そして言う。忘れてしまったことは仕方がない、出来ることなら一からやり直したいと。
私は幼い時の厳しいしつけを根に持って父親とは関係が良くなかったが、これを聞いて過去を問題にしても意味がない、すべて忘れることだと思った。
その過去を手放す勇気を持たないと幸せを求めることが出来ないと思った。それ以降父親との関係が良くなった。
過去の次は未来について考える。まだ来ていない未来を考えても意味がない。
今日のことだけを考えたらよい。新婚の二人が、将来わかれることがあるかもしれないと、今それを心配してもしようがない。
今もっと幸せになることだけを考えればよい。日々充実した時を過ごせば二人の幸せは続くはずだ。
過去を手放す、未来を手放す、今あることを幸せと考える、これが真の幸福を見つける手段だ。

〇人が幸福になるためには外に出なければならない
三木清は「人が幸福になるためには外に出て行かなければならない、対人関係の中に入らなければならない」という。
アドラーは“あらゆる悩みは対人関係である”という。煩わしい対人関係の中に入ると傷つけられるかも知れない。ひきこもり、不登校になるかもしれない。
ところが、幸せは対人関係の中でしか得ることが出来ない。一人で幸せになることは出来ない。必ずだれかの助けを得ているはずである。
私は10年前脳梗塞を患った。仕事を失いこれからどうなるのだろうか、身動きもできない体で生きていていいのだろうか、と苦しんだ。その時三木清の「私は希望を失うことはできなかった、希望は人から与えられたものだから」という言葉に励まされた。ベッドの中で本の校正をしていたら、医師から「本は書きなさい、本は残るから」と言われた。
これからも生きていて良いのだと思えるようになった。人から希望を与えられたのである。
ちなみに死も対人関係である。もう実感はつかめないが言った言葉や記憶は残るのだから関係は続いている。

〇他者への貢献
対人関係の中に入っていくには自分に価値があると思わなければならない。他人の役に立つと思わなければならない。
ある友人は何か人に役立つことはできないかと思案し、駅で他人に挨拶をすることにした。8割の人が挨拶を返してくれた。挨拶を受けていやな気がする人はあまりいない。
ただ、行為をしなくてはいけないのではない。友人が病気になって生死の淵を彷徨っていると考えよう。大急ぎで見舞いに行くだろう。とりあえず命だけはとりとめれば喜ぶだろう。
自分のことに置き換えても同じだろう。とにかく自分が生きているだけで家族・友人を喜ばせることが出来るのだ。
自分が存在していることが他人の役に立つ。自分が生きていることが他人の喜びになる。
人の役に立つこと、他者への貢献が幸福の意味づけとなる。

〇真の幸福とは
三木は言う「幸福とは内面的なものではないだろう。幸福とは鳥が歌うがごとく自ずから外に表れて、ほかの人を幸福にするものが真の幸福である」と。
幸福とは心の問題ではなく、表現されて伝えられるものだという。親の幸福は子に伝わる。
学校に行かないことを悩むことは、この子のせいで私は不幸だと言っていることになる。この親と子どもの関係が上手く行くとは思えない。
この子はこの先ずーっと学校に行かないのか心配だという人が多い。先のことを考えるのではなく、今家にいる子どもと楽しく過ごすことだけを考えればよい。
学校に行くか行かないかは、子どもが決めることだ。親が決めることではない。
問題が解決しないうちは幸せになれないかというとそうではない。な
ぜなら、幸せは存在だからだ。

〇三木清の幸福になる4つの言葉
・機嫌がよいこと ・丁寧なこと ・親切なこと ・寛大であること
(A男記 一部会報編集部加筆)

今月は他にも素晴らしい投稿記事があります。ぜひ会報ページをご覧ください。      

 

福岡「楠の会」支部会だより

数ある支部会だよりからいくつかの支部をWEB編集者独断で選んでいます。他の支部会の状況をご覧になりたい方は、楠の会だよりNo.184号をご利用ください。

★ 久留米の集い9月22日(金)えーるぴあ  参加者 9名

☆ 私は今回久しぶりの参加でしたが、今日は9月号で紹介されていた新潟青陵大学の斎藤まさ子先生と同じ研究グループの方5名のお客様を迎えて、いつものミーテイングをしました。
さすがに最初は少し緊張しましたがいつのまにかそれも解消していました。
☆最初に自己紹介を兼ねて子どもの近況や困っていることなどを順番に手短に話をしました。
久留米の集いでは進行役を当番制にしていますが、当番が回ってくるのが苦手で参加が少なくなっているのではとの意見もありました。
反面、親も苦手なことを克服していくためにはよいことだとの前向きな発言もあり、大変刺激を受けました。
☆後半のフリートーキングの時間の最初に斎藤先生からご挨拶を兼ねて、みんなの話をふまえてお話ししてくださいました。
子どもが親に当たったり、責めたりすることはためていた気持ちを吐き出し、表現しているとのことでした。
黙って何を考えているかわからない状況より良いことであり、必ず後に なって、親のせいや親が間違っているのではなく、自分自身のこと(気持ちや考え、思い)だと気 づいて変わっていくとの調査結果が出ていると聞いて、私は希望の光が見えた思いがしました。
☆ 子どもにとっては母親の力、存在はとても大きくなものであり、母親自身が心身ともに元気で幸福感を持っていないと子どもも元気になれない。
また子どもが少しずつ変わっていくためにはそれぞれの家庭の事情もありますが、母親だけでなく夫婦で対応していくことが必要であることもお話を聞いて痛感しました。
☆ そのためには夫(男性)が母親をもっと大切に、大事に、やさしくしていくことがとても必要であり、両親の気持ちが決してぶれてはいけないことも言われました。
「親が変われば子も変わってくる」とはいつも言われる言葉ですが、あらためて確信しました。
“本当は子どもが一番変わりたく、自分らしい幸せな人生を生きたいのだと思っている“ということも改めて心に刻みました。(母F)  

★ 宗像の集い 9月20日(水) メイトム宗像 参加者5名

①NHK厚生文化事業団制作ビデオ「ひきこもりからの回復第1巻」6月に未鑑賞だったパートで 「私がひきこもった理由~回復へのヒントを探る」の「ひきこもりから回復した女性の体験談」を見る

内容:母親の言う通りに従っていた高校1年生が、生活に違和感を覚えて不登校に、食事ものどを通らず這って移動することもあった。
こんな私は生きる価値もないと考えることもあった。
心理学の自習、8人目の精神科医、居場所の仲間たちの力で、20年掛けて偽りの自分を脱ぎ捨て本当の自分を取り戻し、5年前からひきこもり経験者の夫と古本屋を営んでいる。
12月にひきこもり女子会を福岡で開く林恭子さんの体験談である。

②DVDの感想、我が家のことなど
☆林恭子さんは8人目でようやく自分にあった精神科医にたどり着くことができた。
それくらいの努力をして自分に合った精神科を探さなければならないという事か。
精神科にかかるときは、最初は親だけでいくこともあるが、親だけなら健康保険がきかない。
☆ひきこもり当事者が家にいることを周りに言えない。どうすれば伝えられるか悩んでいる。私もそうだ、親兄弟親戚に何かマイナス影響が出ないか、それが心配で言えない。
などの共通の悩みがあることが分かった。

③「ひきこもり新聞」の記事より 5月、7月、9月号からひとつずつ2人の方に気になった記事を紹介してもらい、それをテーマに意見を出してもらった。
それぞれ当事者の言葉で語られるので素晴らしい記事だ。
特に気になったのは、7月号の私たちの望む「必要な支援」だ。
「災害ボランティアで自己肯定感をもらった。」
「支援者のペースで早く立ち直れ、早く就職しろではなく、支援される側のペースを考えて欲しい。」
「上から目線でダメ出しをするくせに具体的な提案がないのは、支援者の勉強不足だろ。」など。

その他  文化講演会「幸福の哲学 アドラーX古代ギリシアの知恵」の講演内容の紹介があった。