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楠の会だよりNo.225号(2021年3月)記事より

さすがにもう春だ
気持ちも
とりとめのないくらいゆるんできた
でも彼処(あそこ)にふるえながらたちのぼる
陽遊(かげろう)のような我慢しきれぬおもいもある

                          八木重吉 



福岡「楠の会」2月講演会
「ひきこもりを生きていくために」
   講師:児玉光司氏(ひきこもり経験者)

2月18日(木)天気予報通りの雪降りの寒い日でした。
しかし思いがけなく10人以上の方が来てくださり、ほっとした反面、困っておられる家族がたくさんおられるんだと思いました。
当たり前ですが当事者と言えどもそれぞれ違っていて、その個性に触れさせていただきました。
特に児玉さんの謙虚とも言えそうな自分を飾らない正直さに打たれました。

その一つ、ひきこもり支援相談窓口に電話したところ、来てくださいと言われ受話器を置くしかなかった。
しかし又かけてみると同じことを言われる。またガチャン。数度目に交通費がないことを言うことができ、その時近くの保健所を紹介されたそうです。
そこではゆっくり話を聞いてくれて、ため込んでいたものが吹きだして大泣きに泣いたと話されました。
さらに興味深いお話。いつも自分はひきこもりの間時間があるのでとことん考える癖がついたと言うこと。
怖いと思う時、何が怖いのだろうかと徹底して考えると言います。
そしてその時自分を見ているもうひとりの分身がいて、何か迷ったり行き詰っていると、それがこうではないかとかアドバイスみたいなことを言ってくるということ。
精神科医斎藤学先生の本(※)に<1.5人関係>ということがありますが、ふっとそれを思い出しました。
※「家族神話」があなたをしばる ~元気になるための家族療法(NHK出版)

こんなお話もありました。ここに来るまでは社会が悪い、親が悪いと思ってきたが、いやひきこもりになる基は自分にあったと思うようになった。
小学校2年生頃から体が弱くて熱を出し、よく学校から帰ってきていたと。
何かの節目にこれまでの考え方を別の方角から見て考え方を変えていかれる様子が見えます。
それがもう一人の自分の作用もあるかもしれません。
そのような経験の積み重ねがあり、現在に至っているのではないでしょうか。

家族に関しては、お母さんをともかく取り込む、お父さんは2%ぐらいしか見えないので考えなくてもよかったと言いながら、今は職場の送り迎えをお父さんの車でやってもらっていると言います。
そしてこの車中の時間が今まで知らなかった父を知ることになったと言うことでした。
いろいろなエピソードが語られ、それを聞いているうちに頭の中に一つのストーリーが出来上がり、最後までお聞きすると、是枝祐和監督が作りそうな、ひきこもりを生きる一人の青年の映画を見たようでした。
以下、その日語られたことの要約を児玉さん自身に書いていただきましたのでご覧ください。(記 吉村)

〇ひきこもりの根っこにあったこと
私はひきこもり当事者でした。
ひきこもり期間は4年で就労までにさらに9年かかりました。
そして今年で障碍者雇用労働者として12年目の春がやってこようとしています。
ひきこもっていたころの私は「このまま一生働かずに死ぬのだろう」とぼんやりと思っていたのでとても不思議です。
ただ外に出てみると自分がどれだけ必死にひきこもっていたのかがわかるようになった気がします。
そして私自身は働き出してもひきこもっていたころと根本のところでは何も変わっていないということも身に沁みました。
その根本というのは「家族を悪く言われたくない」という気持ちです。
ひきこもっていたころの私は家族が他人に同情されるほど自分が悪ければ「家族は助かる」。
私は犠牲になっても家が全体として機能する状態であればいいと考えていたのかもしれません。一言でいえば「家内安全」です。

〇自殺をしない
当たり前のことですがひきこもっている私はどんなに苦しくても生きていなければなりません。
いじめを苦に自殺した学生の親がその後、どんな理不尽な目に合うのか、無理に外に出て自暴自棄になった私たちが死んだら親が裁判などにかかりっきりになり、一生を棒に振ってしまう、そんなニュースを私たちはよく知っています。
ただし社会的にはひきこもりは就労によって許される罪のように思われていることもわかっています。
根っこの気持ちは「家族を悪く言われたくない」ですが、現実に「罪」をかぶることはとんでもなくつらい。
じっと部屋で我慢し続けることは私にはできませんでした。

〇家の中の安全を必死で守っていた
我慢できないほどつらくなると母親にひどい言葉を4時間ぐらいは投げ続けることをやってしまいます。
「自殺で家族を不幸にしない」ために、母親がノイローゼになるくらいつらさを押し付けていました。
自分の中でバランスをとるにはもっとも親しい母親にすがるしかありませんでした。
母親にすがることで自分の命をつなぎ、自分の命をつなぐことで「罪」を引き受け、家族の崩壊を防ぐようにバランスをとる。
そんな生活がひきこもり生活でした。
家の中の安全を守るために必死でがんばっているので外にまで手が回りません。
私の場合は就労体験やアルバイトをやると家で我慢する力がなくなり、家の中はとてもひどい状態になりました。
これが逆になると警察に捕まってしまいます。
私が「家内安全」を大事にし、信じていたからこそそういうことになったのだと思います。

〇できること以上のことをしない
  ・比較するのは他人ではなく過去の自分
そしてひきこもり生活で身についたバランスをとる癖は外に出た今は家の外と家の中のバランスをとることに役立っていると気付きました。
9年間さまよったおかげでいろんな場面ですぐ逃げ出したり、やめたり、倒れたりしているうちに「できること以上をやろうとするとダメになるので気を付ける」、「昔の自分に比べたらできるようになったと思う」など自分の中のバランスを崩さないように学ぶこともできました。

〇親も自分も同じ気持ちだったのか
ただ今でもひきこもりから脱出したといわれると、「忍耐力と持続力がなかったんで頑張れず、流されただけだ」という気持ちがわきあがります。
ほかのひきこもりの人の能力の高さに驚嘆と羨望の念を覚えてしまいます。
そして親が「私のせいでこうなった」という言葉に「ああ、冷静に考えれば親も自分と同じ気持ちだったのか」と今更ながらに気づく。
ただ腑に落ちない。ひきこもり脱出から二十年経ってもひきこもり気質は変わらないようです。  


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<投稿> 
コロナ禍の中で~孫の生命力~

 

物忘れが目立つようになった母親(私の友人)を支えようと介護の仕事を辞め、一緒に暮らすようになった彼女の長男。
「でも生活費が足りんのじゃ」と不安げな友人。
長男のローンも丸ごと引き受ける羽目に‥‥。
彼は家事、買い物、支払い、ウオーキングにと細かに面倒を見てくれているらしい。
「ずいぶん助かるんじゃが、節約せんと回らんのじゃ」と友人はつぶやく。
対して私、「自分のローン、携帯代は自分で払わせんといかんよ。一日中家にいる必要はないけん、自分の分くらい稼いで来いと言わんね」と。

言いながら自分の息子のことがちらつく。
月に1/3ほど働き、あとは家にいる。
食事からパソコンすべて私たちが支払っている。
職場の送り迎えまでしている状態。
友人の息子さんのほうがよっぽど手助けしてくれているし、親の心身両面の支えになってくれているのに、つい人並みのお説教をしてしまった私。
息子のことも何処まで要求できるかいつも迷ってしまう。
やっとここまで来たと思うし、あくまで本人の意欲に沿って、とは言いながらも結構自分の都合を押し付けていることも目立つ。
12時までにお風呂は上がって?夜中に台所は使うな? など文句ばかり。

そんな日常の中、娘の1歳半の双子の孫に振り回されつつ毎日が予測できない驚きでいっぱいです。
全身で泣き、喜び、動き回る。目覚ましい成長ぶりに生きている実感が充満しています。
息子も姪っ子たちのお世話をしながらそのエネルギーを全身に受け止めることを楽しんでいるようですし、私たち夫婦にとっても何にも代えがたい貴重な宝です。
年を重ねてきて、この幼子の瑞々しい生命力に感謝です。   (Q・H)  

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今月は他にも素晴らしい投稿記事があります。ぜひ「楠の会だより」をご覧ください。
なお、当ホームページに「楠の会だより投稿」のサブページを設置しました。
こちらの方もご利用ください。
投稿の一部を掲載しています。?楠の会だより投稿    

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福岡「楠の会」支部会だより

数ある支部会だよりからいくつかの支部をWEB編集者独断で選んでいます。他の支部会の状況をご覧になりたい方は、「楠の会だより」をご利用ください。

★ 筑紫野の集い 2月10日(水)14:00~16:00 (カミーリヤ) 参加者 6 名

近況を報告しあいました。
最近は家に居てオンラインで色々な事をするようになってきました。
楠の会でも講演会や相談会、座談会等が行われていますが、保護者の方々はZoomやSkype等の扱いが得意でない方が多いです。
当事者の方から手解きをしてもらえるような仕組みがあるといいなという話も出ました。
今、ぼそっと池井多さんの「世界のひきこもり」を読んでいますと、本の紹介がありました。
ぼそっと池井多さんは昨年12月のNHKのハートネットTVのひきこもりVR(バーチャルリアリティ)親子対談で司会をされていた方で、当事者でもある方です。
来年度は親亡き後の事をもっと学んでいけたらいいなという意見がでました。(K)

★久留米の集い 2月26日(金) 13:30~16:00 えーるピア久留米 参加者 7名

先月1月はコロナのためにお休みしました。
今月もどうかなと思いましたが、7名の参加。
参加者は皆常連の人たちなので一つ気になっていたことですが、先月より久留米市内にできた誰でも利用できる居場所を見学に行きました。
場所は久留米市役所から10分程。
昔寿司屋さんをやっていたと言う店内はカウンターがあり、その周りに小部屋が3つ、二階にはちょっと広めの二間続きの部屋がありました。
昭和を感じる部屋はレトロ感いっぱい。
しかし、終日使って一人100円、冷暖房費100円と言うのは個人で利用する場合の料金で、団体が使う場合はこの部屋は2000円と言うこと。
若者の会の部屋も必要なので、エールピアの利用料(2200円)より高くなります。まだ検討の余地ありということになりました。
一歩の会にも立ち寄り、この話をしました。


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