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楠の会だよりNo.233号(2021年11月)記事より

ゆく川の流れは絶えずして、
  しかももとの水にあらず。
よどみに浮かぶうたかたは、
  かつ消えかつ結びて、
   久しくとどまるためしなし。
世の中にある人とすみか、
  またかくのごとし。
      (方丈記 鴨長明)


今月のトップ記事
〖ひきこもり家族の記録〗を後に続く人へ残しておきませんか

コロナの勢いが衰えてきました。
やっと日常の生活に戻れると安堵している反面、また大きな揺り戻しが来ないか心配も消えないこの頃です。
おかげ様で10月はすべての親の会が開催されました。
やっと皆さんとリアルにお目にかかり笑顔がもどりました。
どうぞ下の各支部会のレポートにお目をお通しください。

福岡「楠の会」の歩みも20年が経ちました。
ざっと思い合わせてみても会員の皆様の歩みがそれぞれ予期しなかった経過を辿って、あるところまで来ていることに気が付きます。
その間のご苦労は正に自分たちの人生に予想だにしなかったことばかり、汗と涙の結晶です。
しかし、その経験を語り継ぐ人がいなくなると、二度と繰り返すことがない貴重な経験が闇に消えてしまいます。
ある部会では常連のメンバーのうち1人を残して皆お一人様(未亡人)であることがわかり、その話を持ち出した方と驚き、苦笑しました。
8050問題と言うけれど、他人ごとではないんだと今更納得しました。
毎月開いている運営委員会でも家族の記録を残すことが了承されました。
すでにお電話しているところもあると思いますが、ただ記録を書くと言うのは易しいことではありません。
思い出したくないと言う方もあります。
長い年月のことをどうまとめていいかわからないと言う方もあります。
それについては、委員会でも、アンケートにお答えしていただく方法、聞き取りで記録する方法など検討中です。
それらは少しずつまず会報でご紹介できたらいいなと思っています。
きっと皆様のお役に立てるはずです。
この会は会員同士がお互いに助け合う自助グループと言う形をとっていますので、その趣旨にも合致します。
どうぞぜひお一人でも多く皆様の貴重な経験の記録を収集させてください。
もちろん親だけでなく、当事者や兄弟姉妹の方からも結構です。
まだこれからもいい収集の方法を考えていきますので、そのご意見もお聞かせいただけると幸いです。
よろしくお願いいたします。

今月号では早速経験者の方の投稿をいただきました。
彼のお母様は入会後委員になってくださり、お料理教室や映画鑑賞会を自らかって出られ、時々お庭の花を持ってきて居場所を飾ってくださいました。
また不自由なお体で旅をしてはその記録を会報に寄せていただきました。
そのうちご病気が重くなられましたが、ご主人様の車で居場所に来ていただいていました。
そしてとうとう今年お亡くなりになりましたが、その息子様の体験談です。
ちなみに彼は楠の会の居場所に「七つ実館(なつみかん)」と言うステキな命名をしてくれました。(編集部)

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<皆さんの声Ⅰ> 
子から見た親~経験者として思うこと~

 
以前のことになりますが、母を通じ楠の会にお世話になっていました。
現在はフルタイムで働いている、男性のひきこもり経験者です。
会報に書いてみませんかとのお誘いを頂きましたので、ひきこもっていた頃の自分の内面を振り返ってみようかなと思います。
ひきこもりの背景や経緯や程度は人により様々のため、私の例に当たらないケースも少なくないと思います。
親御さんへの怒りを強く持っておられる方は、多少当てはまるところがあるかもしれません。
私は幼い頃から、気質的なものからくる違和感が集団の中でありました。
またその違和感を緩和するのではなく、強化するような歪(ひずみ)で強めの家庭教育がありました。

小学校から周囲に馴染めず孤立しました。
長年誰からも支援が得られず孤独を深め、青年期までかなり苦しい内面を抱えて過ごしました。
親は学校に私を押し戻すしか策がなく、ドロップアウトもできません。
この時期にしか経験できない同年代との数々の交流の機会が得られないまま、形ばかりに大学を出ることになりました。
就職はしませんでした。

このような経過をたどって育った人間が親をどのように見ることになるかというと、敵以外の何者でもないということになります。
子どもにとり親は創造主ですから、親は精神的苦痛を与えるために自分をこの世界に置いたと感じていました。
悪意でそうしていると考えることで、自らの境遇を自身に説明していました。
子は当初、親との関係を窓とし、親以外の他者と関係します。
親との関係という基本的なソフトウェアが汚染されると、子は自分由来の確かな精神的基盤を獲得しないうちは、他者とのどんな些細な場面においても親とのぎくしゃくした関係を持ち出すことになり、失敗体験が蓄積されていきます。

親由来の関係性では他者との場面で躓(つまず)きが生じ、自分独自の関係の仕方を上手く築いていくことができません。
結果的に親由来の関係性に回帰し、ひきこもるという状態を続けていたと思います。
無力な私は親を強大な存在と見なしていたのですが、もちろんそんなことはありませんでした。
親も子どもの難しい性質の前に無力で無策であるゆえに、子どもの抱える問題に対し硬直的な対応を繰り返していたと考えられます。

ひきこもっている生活を変えていこうとする中で、親のサイズが適正に見えるようになるということがあったと記憶しています。
私の人生の損失を補填できるような責任能力が親にはないとわかるのは、大変な無念さがありました。
自分の生きてきた前提が覆るのを受け入れることになるため、心理的に長年依拠してきたものを失う頼りなさも伴います。
手すりのない高所を歩くようで、怖くて仕方ありませんでしたが、外での活動や経験を通じ、親由来ではないものを徐々に心の中に築くことができました。
試行錯誤のため、長い時間がかかりました。
親のサイズに関し、親御さんが楠の会のような家族会に参加されることは、何とかしたいと思っているけれども、有効な策を持ち合わせていないことの表明になるかと考えます。

このことが、ご本人が親御さんを見るときの視力矯正にも、いずれつながっていくのではないかと思います。
このときの動き方としてあまり得策でないかもしれないと思いますのは、親御さんが十分に活動するよりも先に、ご本人に何かやらせようとすることです。
親御さん自身が避けることを、おそらく本人はやりません。
母の活動を思い出すとき、まず親御さんがご自身で様々な方面に取り組まれ、外の空気をそれとなくたくさん持ち込むことが必須でないかと感じます。
そのことが、家庭内の風通しの悪さを徐々に変えていくことにもつながっていくのでないかと考えています。(I・T)  

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今月は他にも素晴らしい投稿記事があります。ぜひ「楠の会だより」をご覧ください。
なお、当ホームページに「楠の会だより投稿」のサブページを設置しました。
こちらの方もご利用ください。
投稿の一部を掲載しています。→楠の会だより投稿    

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福岡「楠の会」支部会だより

数ある支部会だよりからいくつかの支部をWEB編集者独断で選んでいます。他の支部会の状況をご覧になりたい方は、「楠の会だより」をご利用ください。

★ 筑紫野の集い 10月13日 (水) (カミーリヤ) 参加者 4 名

3ヶ月ぶりの開催です。
「お久しぶりですね。」の挨拶から始まり、近況を報告し合いました。
コロナ禍でも当事者はそれぞれの場所で動いてありました。
就職に向けて当事者が新しい事を始めたり、継続してやっていたことを続けたり。
そのような報告を聞いて、あるお母さんは「我が家は何も変わりません。」と言われました。
この言葉に私は、就職への目に見える具体的な動きはないかもしれませんが、当事者は手伝いをしたり一緒に食事に行ったりと、主体的に動かれているなと思いました。
親はどうしても就職への動きを期待しますが、会報10月号である方が書かれていたように、それは自信を持つために必要な動きと考えられないでしょうか。
他の参加者からも、今のうちに家庭の経済状況など色々当事者に教えておこうと思う、当事者達の中には人との関わりを嫌う人もいるので、親亡き後福祉資源を使うのが厳しい人もいる、等の意見が出ました。

★ 福岡東部の集い 0月 17日 (日) (コミセンわじろ) 参加者12名(女性 9、 男性 3 )

9月の予定が中止になり、10月やっとのことで集いが再開されました。
今回は経験者(男性)と福岡市ひきこもり地域支援センター「よかよかルーム」のスタッフの方とお父様もお一人参加されて、いろいろな話題がいっぱいで時間が早く過ぎました。
会報で取り上げた親子の高齢化問題について、子どもを一人暮らしさせている方がどのような経過でそうしていったか、支援者がついているかなど話題に。
次に親だけの動きでは先に進まないのではないか、本人を預かって社会生活へ指導していく支援団体を利用することも考えているが、実際施設を利用された人の情報が欲しいという要望に、情報提供がありました。
ただ外へ出すとしても、親子の間の意思疎通が少しでもできている必要があるのではないかと言う意見も。
最も時間を取ったのは、現在の障害者支援をしている事業所のことでした。
就労移行支援を3年間かけてやっと終了したが、いざ採用試験になると合格できなかったということ。
声が小さいからと言う理由だったが、おそらくほかに理由があったと思われる。
施設側が本当に障害者を助けようとしているのか、その誠実さに疑問を持っている。
ただ私も娘に仕事さえできるようにしておけばいいと思い、事業所に通うことばかり促して来たが、皆さんのお話を聞いていると、本人が楽しい思いをすることが必要だったのではと気が付きました、と言うお父さまのお話にうなづいていました。
ひきこもりの方々の多くは一般就労が難しい場合は障害者就労を考えています。
しかし支援者側の都合が優先されていないか、真に障害者を助けようという姿勢があるのか、私たちは関心を持っていきたいと思います。
「よかよかルーム」の方がアドバイスをしていただいたことと、経験者が加わっての話し合いは様々な視点から情報が得られてよかったと思います。(S)

★ 福岡の集い 10月 29日 (金) (あすみん)  参加者 8名

久々の家族ミーティング。
口火をきって「我が家の報告」を語りだしたのは、息子が当事者という母親の会員。リモート家族会に参加したことで、「NNNドキュメント‘21」(日本テレビ系 深夜0:55~)を知り、後日録画を見た折に、気が付けばいつの間にか息子も見に来ていて、その後何かほっとしたような、気持ちが軽くなったよう、少し明るい感じに変ってきているということであった。
テレビでは、一家を取り仕切っていた90代の父親が亡くなり、引きこもっていた娘と息子(50代、60代)が、途方に暮れながらも新しい生活を開始していく展開が具体的に描かれていたという。
息子は、その成り行きを見て、現実に起きることのいくつかを知識として初めて知ったようで、それが本人の気持ちを軽くさせたように思うとのことであった。
「ほんとに(息子は)30代になっていますが、何も知らないんです。
でも、私は、彼が何を心配しているのか、知らなかったんですよね。」という言葉に、聞いていたメンバーは共感しつつも、彼の示したという変化には、拍手を送りたい気分であった。
また、気持ちの変化というのは、何がきっかけになるかわからないものだから何でもやってみたがいいね、ということにも、皆納得したようであった。(編集部注:再放送11/7「おいてけぼり ~9060家族~」)
その後、親元を離れて暮らす生活を、親亡き後にやむなく進めるのではなく、親が元気なうちに、意識的・意図的に進めるのがいいのではという声があり、その方法や具体例について、体験や経験を交えて話してくれるメンバーがあった。
親元で長らく暮らしていた人が、いきなり一人暮らしにはいるのは、本人も親も不安なものだが、一定の暮らしの支援が制度化されているというグループ・ホームなら、その点で安心できるのではないか。
あるいは、訪問看護などの訪問型のサービスの形もあるようだが、そんな制度は、どうしたら受けることができるのかという質問が、複数の人から出された。
これらは、障害者福祉サービスや医療の制度の中で運用されているものなので、障害者手帳や医師の診断書などによって、市町村が認定手続きをし「受給者証」を発行して進めているとの説明があり、同時に、それらを実施する事業体については様々な実態があるので、利用者として見極めて選んでいくことが必要との注意も述べられた。  


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