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楠の会だよりNo.181号(2017年7月)記事より

<  講演 「不安と怒りについて」  >

     福岡県立大学大学院 四戸智昭先生

(6月10日午後2時より「あすみん」にて、四戸智昭先生においでいただき、レクチュアーとオープンカウンセリングをしていただきました。
そのレクチュアーを簡単にまとめてみましたので参加されなかった方などご覧ください。)      

〇ひきこもりは依存症

私はひきこもりや不登校をアディクション(嗜癖)の立場から研究しているが、依存症という言葉とアディクションという言葉の違いから話したい。
依存症という立場の研究では、アルコールとか薬物などの物質に注目しがちで、アルコールや薬をやめることだけを目的に考えがちである。
アディクションはもう少し広い視野で考える。
なぜ、薬をやらなければならなかったのか、親とか家族との関係はどうなのかを考え、その視点から治療を考える視点である。
ひきこもりや不登校がアディクションであるというと不思議に聞こえるかもしれないが、プロセスアディクションと言い、行為そのものがやめられない状態と考えることができる。
支援者はなぜひきこもりをしなければならないのかを考える必要がある。
ひきこもりは一日中何もしないのはまれで、日中は何もしないで寝ていても、夜はネットやゲームに熱中する。
ネットに熱中して止められない状態はネット依存と言える。
そして、昼は学校に行きたいけれど行けないから、仕事に行きたいけれど行けないからという不安から逃げるために寝るというプロセスアディクションをしてしまう。
支援者は昼夜逆転があれば、早く起きろというのではなく、その理由を考える。
これは学校の先生方にもよく伝えていることである。
アルコール依存ではよく、アルコールを止めるのではなく、飲まない生き方があることを考える。
もうこれから一生飲めないと思うとつらい、だから、飲まない生き方を選択したのだと考えるのである。
ひきこもりにも同じ考え方があてはまる。
仕事はできないのではなく、仕事をしない生き方もあると考えると少し楽になる。
子どもに対して仕事をしなさいと言わなくても、親が心の中でそれを考えていたら、子はそれに気付いてしまう。
そして仕事を出来ないことを不安に思ってしまう。
不安があれば結局、何かに依存する状態になってしまう。

次に、言いたいけれど言えない母の例を示す。    

〇自分の感情を表現する

母親Aさん44歳、夫46歳、長男21歳、次男19歳。5年ほど前から家族いっしょに住んでいる。
保健師さんに連れられて、母親Aさんが相談にやってきた。
Aさんは髪はボサボサ、何かしらこちらの問いかけに対しての反応に違和感がある。
質問すると保健師さんが答えてAさんはあまり返事をしない。
子どもが小学生の頃、児童相談所の人がやってきて、経済的に苦しいのだったら、児童養護施設に預けるようにとの働きかけで、施設に二人を預けた。
児童養護施設の対象は18歳までなので、施設をでてから家族で暮らしているが、長男は自宅にこもりがちで、学習障害の兆候もある。
他人との対人関係がうまく結べず、今でも母に泣きついたりする。
両親は共働き。次男も働かず、子ども二人はともに家事は一切しない。
母は就労・自立して子どもに出て行って欲しいと思っているが、子どもにはそのことが言えない。
子どもを施設に預けていたので申し訳ないという思いがあり、ゲームを止めてとは言えない。
家事ぐらい手伝いなさいとも言えないとのことだった。

家族内では、家族同士がほとんど喜怒哀楽の表現をしていない。
何かを言えば、家族が壊れると家族が皆思っているように感じた。
そこで、Aさんには次の課題に取り組んでもらえないかと提案してみた。
「母が子どもに自分の感情を表現する。」
「感情の中でも、特に怒りの感情を表現できるようになる。」の二つである。
怒りの感情をはじめから表現するのは難しいので、2カ月先の次回の相談までに、楽しい、面白いという感情を、子どもたちに表現するように提案した。
感情をほとんど表現しなくなった人というのは、ある日突然、夕日がきれいだったとしても、夕日がきれいだという事自体に気が付きにくいと考えられる。
なので、テレビを観ていて面白いと感じることがありますか?と尋ねた。答えは「ある」とのことだったので、テレビで面白いことがあれば、それを息子たちとの話題にするということを最初の課題として提案した。

〇不安と怒り

アディクションの問題を抱えた人は怒りを表現できてない。
今日は、不安と怒りについて話をしたい。
よく、街中や公園で怒鳴っている人がいる。
怒鳴っている人を見ると、私も含め大抵の人は委縮してしまうが、実は怒鳴っている人が一番、その中で不安を抱えている人とも考えることができる。
不安は、恐怖が続いた状態である。
恐怖は脳にアドレナリンやノルアドレナリンが溜まり、さらには筋肉にその恐怖に対処する準備を始めさせる。
筋肉は緊張して、とっさの動きが出来るように準備する。
だから、不安は必要なものでもある。

不安はどうして発生するのか。
例えば、良い部下でありたいと思う人がいる。
このような人は大抵、幼少期に、お父さんやお母さんにとってのよい子を一生懸命していたと考えられる。
しかし、よい子であり続けるのはなかなか難しい。
悪い子でもわが子というような呟きを聞いて育った子なら、失敗も不安は誘発しないが、失敗すれば見捨てられると思うと不安が生まれてくる。
不安が蓄積されれば、人は何かにアディクションすることになる。
ひきこもりの人がネットや食事にアディクションするのは不安が根源にある。

それでは、人はそのような不安をどうやって発散するするのか?
大きく3つが考えられる。
① 適切な怒りの表現、発散
恐れずに不安と直面する。
例えば、子どもが暴れたらどうするか、シングルマザーであれば、警察を呼ぶのがよい。警察の制服を見れば、子どもは我に返り客観性を取り戻せる。 恐れることは無い。
直ぐにその不安に対処する必要がないときは運動で筋肉のエネルギーを開放する。
不安を取り除く方法を考え、優先順位をつける。少しずつ、不安を克服しながら達成感を得る。
②不適切な発散・怒り
弱い者いじめ、怒鳴る、物を壊す。飲み屋のトイレの壁やドアーに大きな穴が開いているが、それは不安や怒りを人の目がないところで発散した名残だ。
③抑制
・不安に気付かないふりをする。これは心理的防衛として不安の抑圧(無視する)をしている。 
人は見たいものだけしか見ていない。不都合なものは見ないものだ。煙草を止められない人は良く言う。「やめようと思えばいつでもやめられる」 
・悪夢を見る。錯誤行為(間違い)をする。目で見ているものは世の中のすべてを見ているのではない。
・心理防衛としてのアディクションにたいして抗不安薬や酒は一時的に不安を抑えられるが、習慣化するとちょっとした不安でも、おびえるようになる。ちょっとした不安でも耐えられなくなって酒に走ってしまう。

〇不安や怒りの処理

〇逆に不安を活用する方法を考える。高望みしない。小さな目標を設定して達成する喜びをまず味わう。ひきこもりの人やその家族は高い目標を設定しがちである。先ほどのお母さんの例のように、いきなり怒りを表現するのではなく、一週間に一回で良いから、喜びを息子に伝えることから始める。
〇一時にすべてを片付けようとせず、優先順位をつける。今は初夏なのに、真夏のこと、秋のこと、冬のことを考えようとしないで、目の前のことを考える。
〇実際に足を動かす。これが一番のおすすめだ。歩いて筋肉にたまったアドレナリンを開放する。
親の会にも出かけてみる。会に出て他人と出会う。他人の中に自分と同じような不安を見たり、感じるということは、すでに自分の不安を抑圧するのではなく、客観視し始めたということになる。
今まで抑圧して見えなかった自分の不安を他人の中に見ることから、自分の不安に出会うことが出来、そこから自分が変わることが出来る。
いつの間にか、笑顔が出るようになるかもしれない。その結果、息子や娘も変わってくるだろう。 (記録 2017.06.13 A男)      

福岡「楠の会」支部会だより

数ある支部会だよりから2ヵ所をWEB編集者独断で選んでいます。他の支部会の状況をご覧になりたい方は、楠の会だよりNo.181号をご利用ください。

★ 福岡東部の集い  6月17日(土)男性1名 女性8名  

 ☆ 2か月ぶりにお会いするいつもの顔ぶれだから、自然に話題がでてきます。
この会には古い会員さんも多くて、2003年にその時の事務局長さんの主導で、「ガイドブック」を作ったことが、現物を見せていただきながら話題になりました。
会則もその時作られていたこと、ひきこもり関連で全国的に有名な講師を招いたりして毎月講演会をしていて、その一覧表もありました。
さらに、会員の手記が収録されていたことが話題になりました。
☆ 実は若者の手記はよく出版されているが親の手記は今も全国的にもないのではないかと思う。
運営委員会で親の手記集を作ってはどうかという話がでていたが、どう思いますかと聞かれました。
親の会で皆さんが聞きたいことは親の体験談であるから、それはいいかもしれないとうなずいていました。
「その時は皆さん書いてくださいね」という声には尻込み気味でしたが。
☆ ほかに、全国で女子会が巡回していること、年明けぐらいに福岡に巡回してくるでしょうという話題も出ました。
☆ 今息子さんが就労を続けている方が言われるのは「親がいろいろ言ってもダメだった、自分の意志でないと」ということ。
いつも出席される当事者の方は「親からいつ就労のことを言われるかと怖かった」という気持ちを語られました。
親の私たちも親は怖かったけれど、今もやはり予想以上に親には気を使っているものなんだと思ったことでした。  

★ 久留米の集い 6月23日(金)えーるピア 女性5名 男性2名

今回も各人の近況報告から始まりました。
いつも元気なお父さん(Fさん)が過ぎ去った暗くて辛かった体験を明るく包み隠さず話されるので、時々笑ったり、しんみりと聞いたりしながら、自分たちの経験を思い出しては重かった荷物を下ろしているような気がします。  
2度目参加のお父さんも初めは聞かしていただきますとおっしゃっておられましたが、皆さんのお話を聞きながらぼちぼちと、うちもそうです、と共感しながらお話をされるようになりました。  
やはりこのような場所で心を裸にして気持ちを吐き出すことはとても大切なことなんだと、今さらですが実感しました。
Fさんのように心身ともに元気でエネルギッシュな方だからこそ、今は娘さんも旅行や語学の勉強を楽しみ、目的をもって生きようとなられたのだと思います。
私も健康であっちこっちに出かけて人と話したり話しかけられたり、楽しんだりして、エネルギーをためこみ、パワーフルになって息子をドーンと受け止め、最後まで一緒にもがいてあがいて生きていこうと思います。  
◎同じえーるピアで毎月1回やっている学習会も、知らなかったことを学び、視野が広がって気持ちにゆとりができていく気がします。
どなたでもご参加ください。