お知らせ
         
        

        

        

        

        

        

        

             →先月記事はこちら

楠の会だよりNo.260号(2024年2月)記事より

立春
川下へ 光る川面や 春立ちぬ     高浜 年尾

春立つや 愚の上にまた 愚にかえる  小林 一茶


2月3日は節分、4日は立春。2週間前に大寒を過ぎたばかりですが、すぐに立春とは。厳しい冬を辛抱し辛抱して、生物たちはともかく明るい春の陽ざしを求めて動く、生命が向かう指標でしょうか。

〇私たちが生きてきた時代を振り返って
私たちが生きてきた時代は、昭和から平成、令和へと大きく動いてきました。
昭和生まれの私たちにはもう残された日々が多くはありません。ラジオ深夜便を聞いていると、時々昭和時代の懐かしい歌が流れてきます。
特に戦後を生きてきた私には、ラジオの放送は忘れがたい記憶を思い起こしてくれます。
戦後すぐと言えばやっと小学校に入った頃。
おやつもおこずかいも何もなかった時代、そして忙しい親に代って留守番や弟妹のお守りを任され、その中でラジオは唯一の娯楽でしたから、お目当ての番組が始まる頃早く家に帰ってラジオの傍にかじりついていました。
夕方6時頃だったでしょうか、<♪緑の丘の赤い屋根、とんがり帽子の時計台、鐘が鳴りますキンコンカン、メエメエ子ヤギも啼いてます。…とうさん、かあさん、いないけど、丘のあの窓おいらの家よ♪>は、戦災孤児の孤児院を扱ったドラマ「鐘のなる丘」の始まりの歌です。
幸いにして我が家の父は、戦地から無事帰還して私たちは孤児にならなかったのですが、「火垂るの墓」(野坂昭如作)のように日本国中には親を亡くした孤児がたくさんいたようです。
それからの日本は戦後復興に国民が一丸となって力を結集し、奇跡の経済成長を成し遂げました。
奇跡の経済成長の中で育ったのが、今私たちの手元にいる息子娘たちです。
私たちの時代は高等教育を受けられる人はわずかだったので、子どもたちは何が何でも大学に入れたいと誰もが願っていました。
しかし子どもたちは私たちのように、何が何でもがむしゃらに生きていこうとしなかった、少なくとも親の目からはそう見えます。
何がどうしたのかよくわからないまま、これは難しい問題だと頭を抱えて駆けずり回ってもう20数年が経ちました。
今両親のどちらかが亡くなっている家族も目立ってきました。
そして、なんだか落ち着くところに落ち着いてきた、そんな感じもするのです。
<時間を味方につける>といいますが、人生<ああすればこうなると言うわけにはいかない>(養老孟司)のだと言うことを、今になってしっかり実感したわが人生でした。
終わりは確かにあるのだけれど、それは人智を超えている世界のこと、命が燃え尽きるまで生きていることをエンジョイしていきましょう。
               (会報編集部 吉村)

=========================
<2月の講演会案内>
下記ポスターを参照ください。              

<講演会案内>
福岡「楠の会」主催講演会を2月に開催します。
下記ポスターを参照ください。

2月9日現在、まだ余裕がありますのでお申し込みを受け付けています。



=========================

<投稿Ⅰ> 
<「克己心」と言う言葉って使ってはいけない?>

少し前の話ですが、支部の集いに来られたお母さんのお話の中で「克己心」と言う言葉をお聞きしことがあります。
彼女のお子さんがひきこもり状態になったとき、自らの苦難の時期を思い出され、それに正面から挑み打ち克ってきた経験から、我が子へ叱咤、発奮を促してこられた経緯を語られました。
そして「我が子とはいえ、私とは違うのですね」と後悔と反省に疲れ切った表情をお見せになられました。
克己心という言葉はひきこもりに向かい合ったときから、遠い言葉になった気がします。
頑張らなくていいよ」「無理してはいけないよ」「ゆっくりしなさい」殆どのひきこもり家族がこういったセリフを心に刻んで日々を過ごしています。ひきこもり当事者に「克己心」は必要のない言葉なのでしょうか。
昔観た映画に「道」というのがあります。外国映画でエンディングは切ないのですが、途中で自らの生き方に絶望感を感じた主人公の少女に一人の男が優しく語り掛けるシーンが心に残っています。
「どんな人間だって何かの役に立っているんだ。
お星さまだって、道に転がっている石ころだって何かの役にたっているんだよ」この言葉に少女の表情に笑みが浮かび、希望の光が射してきます。私はこの表情を今でも覚えています。
我が子を含め当事者は生きています。
毎日を生きています。
生きる為には物を食べ、排せつをし、そして眠らなければなりません。
そして何かしら日々を繋ぐ行為をしているのです。
つまりは最低限の欲求を満たしているのです。欲求は少しずつ膨らみ始め、いつしか夢に変わります。
これに周囲の優しさが加わると夢は希望に、希望は目標に、目標は目的にと具体化していきます。
自分の意識がこれに気づいたとき、人間は再び歩き出すのでしょう。
しかしその時に立ちはだかるのが、畏怖の心、そして諦める心かもしれません。
私はこの場面に「克己心」が必要になるような気がするのです。
正面から迫ってくる障害に立ち向かう「克己心」ではなく、体の中から沸き起こる欲求を後押しする「克己心」。
「自分に勝ちなさい」ではなく、「自分を信じなさい」が現代風でしょうか。
集いでお会いしたお母さんの「克己心」は我が子の支えになる時が必ず来ると思います。   (H・K)

=========================
今月は他にも素晴らしい投稿記事があります。ぜひ「楠の会だより」をご覧ください。
なお、当ホームページに「楠の会だより投稿」のサブページを設置しました。
こちらの方もご利用ください。
投稿の一部を掲載しています。→楠の会だより投稿    

==========================

福岡「楠の会」支部会だより

数ある支部会だよりからいくつかの支部をWEB編集者独断で選んでいます。他の支部会の状況をご覧になりたい方は、「楠の会だより」をご利用ください。

★筑紫野の集い 1 月10 日(水) 13 : 30~15 : 30 (カミーリヤ ) 参加者 6名 (女性 6)

〇 年末年始を挟んだ1か月間の報告をしました。離れて暮らしている当事者の誕生日に一緒に食事をした、おもちを持って行った、自宅に当事者と兄弟姉妹が集まった、大掃除を熱心にしてくれた等、皆さんの様子がわかりました。兄弟姉妹が集まったと話されたお母さんは、「今まで兄弟姉妹のつながりを大事にする事など考えてこなかったので、今それをやっています。まだ兄弟姉妹に配偶者がいないので今がそのチャンスです。」と話されました。盆と正月には帰って来るように言われているそうです。

〇 丁度成人式が終わったばかりでしたので、当事者の成人式はどうだったのかについて話しました。どこのご家庭も市町村主催の式には不参加でした。「私も行かなかった。」というお母さんもおられて、そういえばわが夫も式には行っていません。

〇 福祉施設で働いている当事者が「仕事で嫌な事もあるが、施設の利用者さんから学ぶ事も多い。」と言っていると話される方がいました。
仕事に対して前向きになれるような考え方を多くされるようになると良いなと思いました。

〇「携帯に市から、引きこもり相談案内の一斉送信のラインがきました。日にちが指定されていました。都合が悪くて行けませんでしたが、’いつでもどうぞ’という相談より日にち指定の相談は腰を上げやすい気がします。」と仰る方もいました。日にち指定だと背中を押される気がするのかもしれませんね。(K.M)


★久留米の集い 1月26日(金)14:00~16:00 ( え~るピア久留米) 参加者 6名 (女性 5 ,男性1)

〇 今日の例会は常連者に加え、久留米当事者会「一歩の会」(現在休止)のメンバーを加え6名でした。気心も知れていることもあり、最初に私の悩みをお話させていただきました。
”昨年の春より隣家が周囲に電気柵を張った。イノシシ除けです。ところがその電気柵の設置により私の体調に変化が出た。日頃から血圧が高いのですが、これによって200を超えた。お隣には電気柵ではなくほかの柵をこちらが作らせていただきたいとお願いしたが、どうにもならず、むしろ私の精神的病?が原因だと決めつけられ、この半年間苦しんだ。何か打開策がないかと地域の関係者に相談したが、そもそも私の言い分を理解してもらえなかった。孤独感を感じるだけではなく、時には疎外感まで露わにされ、話しても通じないことがこんなに苦しいというのはこれまでに味わったことのない経験だった。それでも心配してくれる隣人があり、それに支えられ今日に至っています。 ”と皆さんに話しました。
「そういえばひきこもりの人が、周りの目が気になって家から出られないと言うのと同じかもしれない」、「周りの目と言えば、我が家の息子が散歩の途中ラジオ体操しているのを見てたら、不審者と疑われたと話していたことがある」と感想を述べられました。

〇 ”幼い時からきちんとしつけをしたつもりだったけれど、親のエゴだったこともあると思う。今は元気でいてくれたらいいと思うようになって息子に変化がみられる。朝 私が犬の散歩に行けなかった時、昼間なのに犬を連れて行ってくれた。今まで犬の散歩もウオーキングも暗くなってからだったのに。息子が身をもって私に教えてくれてたんだなあと思う”と言われるお母様、素敵なお話でした。

〇 最後に「楠の会」の現状と来年度のことについてお話がありました。何処もそうらしいのですが、若い会員さん、新しい会員さんがなかなか定着しない難しさはここも同じです。皆さんと考えてみましょうと言うことで終わりました。(H・S)





↑楠の会ホームページトップへ