お知らせ
         
        

        

        

        

        

        

        

             →先月記事はこちら

楠の会だよりNo.245号(2022年11月)記事より 

  落葉   (ポール・ヴェルレーヌ作 上田敏訳)

秋の日の ヴィオロンの ためいきの
身にしみて ひたぶるに うら悲し。
鐘のおとに 胸ふたぎ 色かへて涙ぐむ 
過ぎし日の おもひでや。
げにわれは うらぶれて ここかしこ 
さだめなく とび散らふ 落葉かな。
    

長引くひきこもり
‥何か見落とされていることはないだろうか
 ~「ひきこもりの家族関係」(田中千穂子著)より~
毎月1回ないし隔月に各地で親の会をやってきていますが、少し寒さが加わった秋の頃から何かしら気力が落ちてくるような気がします。
夏の暑さや諸々の対処に疲れがでる季節でしょうか。あるいは長年の取り組みの方策に何か見落としてきたものがあるのでしょうか。
こんな時こそもう一度よく考えてみる機会です。

以前ご紹介したことがある田中千穂子先生の「ひきこもりの家族関係」(講談社+α新書)を少し読み直してみたところ、長期化はどういうことで起こっているのか、説明されている箇所がありました。
〖ひきこもったり暴れたりしている子どもたちに必要なのは、まずはその疲れ果てた心をそっくりそのまま受け止めようとする、大人の側の心でしょう。しかし、それは単に居心地の良い環境を提供し続けると言うことでもありません。優しく、時に過剰に保護することも必要です。が、ただ甘ければよいと言うことでもありません。(中略)休息はその傷を引き受け、必要な関係性の調整をするための時間。そして次には現実の過酷さを受け止める軸に切り替えていかなければなりません。そのタイミングとコツが、きわめて難しい。だから多くの場合、そこで読み違いが起こり、ひきこもりが長期化し、事態が深刻化していくのです〗
そして、いつまでも子どもを腫れ物に触るような関わりをしている限り、子どもは厳しい現実を受け止めることはできない、と言う言葉にはハッとするものがありました。また、先生が示されている本人の回復の道筋は、意外に私たちが十分に理解していない盲点かもしれません。
〖徹底的に自分を追い詰め、本当の崖っぷちに立った時、人は初めて自分の生を受け入れ、歩み始めることができる。それは言ってみれば「あきらめる」ということ。どうしようもないと徹底的に諦め、引き受けると言う人生の受容、絶望の受容と言ってもよいかもしれません。そしてその境地にたどり着いたときはじめて、逆に与えられた運命や人生を主体的・積極的に生きようとする軸に転換させることができるのです〗
最後に親へのアドバイス、これもやはり重要なことで、支援者の必要性を納得することができます。
〖子どもをなんとかしよう、とするのであるならば、まずその前に、私たち大人が現実から逃げないこと、ごまかして生きようとしないことでしょうか。それなくして、子どもが現実を受け入れることなど、できるものではありません。しっかりと傷つかずに中途半端な状態にいる親と子に、現実をしっかりと突きつけ、しっかりと傷ついてもらう‥‥それによって良い方向に導いていく‥‥その役回りが、心理臨床家としての私のしようとしていることなのかもしれません〗
なぜひきこもりが長引くのかについて、探していた一つの解答例ですが、説明不足になりました。興味のある方はぜひ本を読んでいただき、ご意見など伺えると幸いです。(吉村記)

====================
楠の会「親子交流懇談会」
  日時:12月8日(木)13:40~⒗:00
  場所:あすみん (福岡市中央区今泉1-19-22天神クラス4階)
  主催   福岡「楠の会」
  お問合せ 電話 080-6475-3216
当日は臨床心理士の方にファシリテーターに来ていただきます。数人の青年たちが参加する予定です。交流懇談会として、和やかに、自然な形で話し合いができるように願っています。可能であればご本人へ一言、「こんなのあるよ」とお誘いの声をおかけください。どこの地区からでも、会員ではない方もご参加いただけます。

=========================

< 投稿Ⅰ > 
< 大人のひきこもり体験~私の場合 >


このたび「楠の会」に初めて参加しました。大人組ひきこもりを体験したYと申します。現在はひきこもりから抜け出し、仕事をして、他者とも関われるようになっています。ひきこもり期間は約5年。精神科に通院し、ハローワークの精神障害者枠で仕事を探していたこともあります。
今回は、「ひきこもりに至った原因」、「そこから抜け出した経緯」、「親や第3者に知ってほしいこと」の3点をまとめてみました。
〇ひきこもりに至った原因
私に一度に襲い掛かった問題が、親の介護と金銭問題でした。原因は一言では説明できないものがありますが、あえて一言で言うなら「私の性格です」と言います。ひとりっ子の私は周囲の大人の顔色を伺いなら育ちました。よく「真面目」「優しい」と言われていました。また、私は周囲に助けを求めることが人一倍下手なようでした。そして、大人になり自分を取り巻く環境が複雑になっていきます。仕事、親の介護、さまざまなところからストレスがかかり、気づいたときには心が壊れていました。そして助けを求めることを知らず、無理をし続けた反動なのか「ひきこもり」という選択を心がしていました。
〇そこから抜け出した経緯
結論から言うと「これで解決」といった特効薬のようなものはありませんでした。強いてあげるなら「時間」「家族の支え」です。それぞれを具体的に説明します。「時間」は長年にわたり蓄積された毒を出し、頭と心を浄化し再充電する効果が高かったと思います。そして「家族の支え」は前述した「時間」の効果を高めてくれます。なぜなら安心できる環境がなければ充電もままなりません。就職を急かされるわけでもなく、ひたすら毎日布団をかぶっていても非難されずに寄り添ってもらえました。これ以上の「薬」はなかったと思います。
〇親・支援者に知ってほしいこと
本人にどんな言葉をかけても「届いていないのでは?」と思うことはありませんか?こう記すには理由があります。それは私自身、家族の言葉はほとんど心に届いていなかったからです。しかし決して無意味な行為ではありません。残念ながら心には届いていないため、感謝の言葉を発したり、その言葉で行動が変わることはありません。しかし、その言葉1つ1つは記憶の片隅に残っています。それが引きこもりという特殊な環境の中で「私に人間らしさを維持させた」唯一の手綱だったように思えます。「これをしてしまったら家族が悲しむ」その思いで多くのことを踏みとどまることができました。そして気力が回復したときにその手綱をしっかり握り、這い上がることもできました。それはまるで天界から地獄に垂れ下がる「蜘蛛の糸」のようでした。
〇ひきこもりはゴールのないマラソン
ひきこもりは「ゴールのないマラソン」のように思われます。荒れた道をひたすら彷徨い続ける。そしてじわじわと体力と気力が削がれていく。そのため、むやみに走り出してはいけないと思います。周囲の歩調に合わせる必要はないのです。疲れたらその歩みを止めたらいい。足元に咲いている1輪の花に気づくかもしれません。そして可能ならひきこもる子どもと一緒に座って花を愛でながら休憩する。私はそれくらいでちょうど良いと感じます。(ひきこもり体験者Y)

=========================
今月は他にも素晴らしい投稿記事があります。ぜひ「楠の会だより」をご覧ください。
なお、当ホームページに「楠の会だより投稿」のサブページを設置しました。
こちらの方もご利用ください。
投稿の一部を掲載しています。→楠の会だより投稿    

==========================

福岡「楠の会」支部会だより

数ある支部会だよりからいくつかの支部をWEB編集者独断で選んでいます。他の支部会の状況をご覧になりたい方は、「楠の会だより」をご利用ください。

★福岡の集い  10月 7日金)13:40~16:30 (あすみん) 参加者 9名 (男性3, 女性6 )

前回より出席者は減りましたが、司会者の「世の中はコロナやウクライナなどで鬱々としていますが、ここは子どもを救い守る為の親の会です。
思いのたけを語り合いましょう」の言葉でいつにも増して深く、心のこもった時間となった事を初めにお伝えしておきます。

前回出席されたお父様のお話が少しずつ進みつつあります。
これが、心の歩みというのでしょうか。
子どもへの見方が変わっていくのと同時に当事者も近づく様子がうかがえました。
親の会への参加を知って「自分の為に」と喜ばれたそうです。
その喜びが両親を何倍も喜ばせている事、本人に知らせてあげたいものです。

息子さんとご両親が遠距離にて暮らしていらっしゃるお母様はひと月から二カ月に一回、上京されて、数日間のコミュニケーションにて安否を気遣っておられます。
これまでも大変なご苦労を重ねられ、先の見えない現状に悩んでおられるご様子。
なにかしらのきっかけが掴めればと出席された親御様たちの思いが伝わってきました。

次に話されたお母さまは 当事者との沈黙が続く中、カーテンを開けながら思わず発した一言が、息子さんのうっ憤を破裂させてしまい、思わず物を放り投げ床を傷つけたとか。
母親は自らの突然の声掛けを詫びると同時に、理由の如何を問わず物にあたった事について息子に反省を求められたという事でした。
そして次のお母様は、過去に当事者が傷つけた壁を時を経て補修してくれた事への喜びと安らぎを話されました。

3人の母と3人の息子の話が 引きこもり家族の複雑な思いを全部見せてくれたように見えました。
この間「北風と太陽」の寓話が出席者から何度か出てきましたが、親の我が子への悩みはこの真剣に突き進む事と穏やかに見守る事の両極の思いに翻弄されています。
それを出席者各人が改めて感じ取ったひと時になりました。(H・K)

★ 福岡東部の集い 10 月16日(日)13:30~16:00 (コミセンわじろ)参加者11名 (女性 8 , 男性 3 )

時間差はありましたが、セットされた席数はほぼ満杯になりました。
予め司会進行のSさんより「ここの集いは経験を積まれた家族が多く、当事者の方も比較的落ち着いていらっしゃいます」との前置きがあり、その思いで集いに臨みました。
最初に宗像のホープ事業所の方より、移行型就労支援の説明が為され、質疑応答が行われました。予備知識も薄く少し分かりづらいところもありましたが、皆様真摯に耳を傾けていらっしゃいました。やがて各人の近況報告に入り、世間話のように会が進行してゆきます。司会進行様の妙と出席者の信頼関係がまるで小さなコミュニティを作り上げている様です。

出席者の中に二組の当事者とその家族が列席されていました。
息子さん、娘さんの当事者さんです。息子さんの方はしっかりとした口調で生活リズムを正したと報告され、娘さんの方は寡黙ではありましたが親御さんたちの話をじっと聞いていました。
その後息子さんのお母さんの苦労話が語られました。自らの幼少期、両親からの愛情への不満や兄弟姉妹との葛藤でずっと苦しんできた告白であり、同席されていたTさん(臨床心理士)の過去をも呼び起こして全員が聞き入ることになりました。
その間、傍らの息子さんのいきいきとした表情が新鮮に映ったのが記憶に残りました。
母親が切々と訴える姿に誇らしささえ感じているように見えたのです。当事者お二人ともこのコミュニティの一員になっていらっしゃいます。素晴らしい事です。

てらい無く、難しい議論も無く、それでいて出席者一人々々の心情には充足感が満ちているとはっきり感じ取ることが出来ました。
会自体が確固たる「共感力」を持っているのでしょう。
Sさんが最初申された通りの理想の集いを観させていただきました。(H・K)




↑楠の会ホームページトップへ