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楠の会だよりNo.264号(2024年6月)記事より

六月      茨木のり子
どこかに美しい村はないか
一日の仕事の終りには一杯の黒麦酒
鍬を立てかけ 籠を置き
男も女も大きなジョッキをかたむける

どこかに美しい街はないか
食べられる実をつけた街路樹が
どこまでも続き すみれいろした夕暮は
若者のやさしいさざめきで満ち満ちる

どこかに美しい人と人との力はないか
同じ時代をともに生きる
したしさとおかしさとそうして怒りが
鋭い力となって たちあらわれる
      

ひきこもり問題が示唆する
       日本社会の課題
〚ひきこもりと家族トラウマ〛
   (服部雄一著(NHK出版2005年出版))より

最近の支部会(LINE家族会を含む)で、<いじめとトラウマ>と、<アタッチメント>が話題になっていました。そこでかれこれ20年程前、全国家族会が動き始めた頃、ひきこもりとトラウマのことを書いた本があったことを思い出して目を通してみたところ、ひきこもりはトラウマ治療の対象とすることが説明されていました。私たちが長年知りたかった疑問「なぜひきこもりが戦後の日本に多発したのか」について、またこのまま放置された場合の社会的影響、最後に回復方法など、日本から距離を置いた視点からストレートに書かれていました。この当時の社会的背景は20年前、つまり現在40歳以降の世代が中高校生だった頃です。今日の状況とは異なることもあり、一つの見解として見ると興味深いことがあります。まず「まえがき」から著者服部雄一氏の「ひきこもりとは」をご紹介します。

”私は「ひきこもり」とは「人間とのコミュニケーションを諦めた人」だと思っています。彼らは「誰も本当の自分を知らない」と言う孤立感を持っています。他人と一緒に生活する自信がなく、その気持ちが家庭内暴力になったり、自殺願望になったりしています。対人恐怖症が強いために、アルバイトをするのも困難で、外出して友人にあったり、電車に乗って街に出かけることもできません。ひどいケースでは家族とも口さえきかず必要なことはメモだけでやり取りします。専門家は「回避性人格障害」とか「自己愛性人格障害」のレッテルを張るでしょう。そして一般の人は甘えていると責める‥‥。
しかしよく観察すると、部屋にひきこもると言う行為は症状の一部にすぎません。彼らには、対人恐怖、感情麻痺、不眠、自殺願望、心因性の身体症状など多彩な症状があります。そこに着目しながら、さらに彼らの声に耳を傾けると、彼らは人間を信用していないことがわかります。なぜなのか、ひきこもりは「人間関係のトラウマ」(親との絆の喪失、いじめ、友人の裏切り)を抱えているからです。
つまり私のアプローチは、日本では少数なのですが、ひきこもりをPTSD(心的外傷性ストレス障害)と言う観点からとらえることになります。ひきこもりはトラウマがあるから人間とうまく関われないのです。‥‥
ひきこもりは、人間関係のトラウマを生み出す日本社会の「負の到達点」だと私は考えます。「働けない」「結婚できない」ひきこもりの増加は、出生率が1.29%まで低下した少子化の急激な進行を下支えしていると私は感じています。欧米社会には見られない、「HIKIKOMORI」と真剣に向き合わないと、日本社会は早晩廃れるでしょう。私は今、強い危機感を感じています。”

どこも私たちにとって興味ある内容で、ご紹介する箇所を選ぶのに迷ってしまいますが、もう取り返しのつかないことばかりで、そうだったのかとため息しか残りません。せめて「今後の課題」と言う最終章から興味ある項目を抜粋して、私たちがやれることを考えたいと思います。以下すべて著書からの引用です。

〇いじめの撲滅
ひどいいじめの被災者は人間不信となり、対人恐怖のために社会参加できなくなります。彼らの怒りと恨みは想像を絶するものがあります。これ以上に社会に怒りを抱く若者を増やしてもなんの意味もありません。多くの日本人は気づいていませんが、いじめは親子の絆にダメージを与えているのです(親が味方になってくれない)。学校のいじめを無くさないとひきこもりは増えるばかりです。教師の多くはいじめを見て見ぬふりをします。日本人は車や電気製品を作るのはうまいのですが、教育には不向きだと思います。日本の教育者は、子どもの個性をつぶして鋳型にはめ込むのが上手です。…日本の教育は個性ある人材をつぶし、自分の頭で考えない「支持待ち人間」を大量生産しています。そのストレスがいじめを生み出しているのです。
〇治らないひきこもりの問題
親と別居できるシステムが必要ではないでしょうか。人道的な理由から、彼らに助けの手を差し伸べるべきでしょう。具体的には受け入れ施設作りです。この現実に向き合わないと、日本ではひきこもりの餓死やひきこもり家庭の親子殺人などの不愉快な事件が増えることになります。
〇日本人意識を捨てること
ひきこもりは人間とのコミュニケーションを諦めた人たちです。その背後には、感情と個性を否定する日本的なしつけと教育、共依存、本音と建て前を使い分ける二重構造と言う日本文化の本質的問題があります。その問題は日本が貧しい時代には露見しませんでした。ところが、戦後復興を遂げ、日本と言う国がその歴史上初めて飢えから開放された時、親子のつながりの弱い家庭、世間体を第一に考える家族の中で、ひきこもりが発生するようになりました。‥‥
国際化の時代で大切なことは、自分の良心に恥じない「立派な個人」になることです。「立派な日本人」になる必要はありません。これからは個人のアイデンティティが大切になる時代です。
〇男女の愛の大切さ
ひきこもり当事者の親たちは、男女愛を軽く考える傾向があり、愛情のない結婚をしたり、愛情のない結婚生活を続けています。親が何を考えているかわからない、母には感情がない、うちは仮面家族だ、親のような結婚をしたくないとクライアントが訴える背景には、男女愛を軽視する日本文化があります。
〇自由の大切さ
日本社会は、与えられた役割を果たすことを美徳と教え、個人の自由を否定します。…自由とは、自分の決断で人生をコントロールすることです。それは自分を中心とする人生を生きる、外部の支配を拒否すると言う意味でもあります。
日本人は外国人に比べて、相手の気持ちに敏感な傾向にあります。相手の反応が怖くて自分の意見を言わなかったり、自分が正しいと思うことを実行する行動力にも欠けています。これは相手を第一に考える共依存の体質から来ています。こうした人たちは自分の考えだけで行動しなければ問題が起きないとか、言われたとおりに動くほうが安全だと思っています。だからリスクのない人生を選ぶのですが、そんな彼らは、自由に生きる人たちの足を引っ張ることにエネルギーを使います。・‥‥
〇外国人専門家の協力が必要
ひきこもり治療には、個人の自由を重んじる治療者が必要です。これに加えて、トラウマ性の病気―PTSD―に詳しい治療者も必要です。‥‥治療ばかりでなく、日本人は今、外国人の協力を必要としています。特に、教育としつけに関して、自由を重んじる外国人のアドバイスが必要です。これ以上「日本的しつけ」を続けると、病気の子をさらに増やすことになるでしょう。
〇日本社会の崩壊と再生
私は1991年にソビエト連邦が崩壊したように、日本社会もやがて崩壊すると考えています。ソ連の崩壊は経済崩壊でしたが、日本は文化崩壊です。ひきこもりの増加はその文化崩壊の一部ではないでしょうか。ものが豊かになり、日本人が昔から持っていたコミュニケーションの病理、親子関係の弱さ、家や組織が個人の感情を抑圧する文化的問題が形となって表れてきています。日本社会は今後、ひきこもり、恋愛の能力のない若者、子どもを育てられない若い親の増加によって「人口減少」と言う形で急激に衰退すると思います。
〇日本人には新しい価値体系が必要
近代日本は、明治期に富国強兵、戦争中は大東亜共栄圏の確立、戦後は経済発展を国策としてきました。日本人はカルト信者のように、「上から与えられた使命」を実行してきました。しかしこうした間違った自己犠牲は日本人の個人的感情を抑圧して、多くの人を不幸にするだけでした。3万5千人に及ぶ自殺者数は先進国ではトップです。
この文化崩壊を乗り越えるには、新しい価値体系が必要ではないでしょうか。敗戦国日本は数か月のうちに軍国主義から民主主義に代わり、今日の繁栄を築きました。こうした能力を持つ日本人は、今ここで新しい価値体系があれば、新しい方向に進めると思います。しかし、今度の新しい価値体系は個人を大切にするものでなければいけません。‥‥
こうした価値体系は宗教や思想の分野にあると思います。そんな心の拠り所が見つかれば、日本人は文化的破綻から抜け出し、新しい生活ができるのではないかと思います。
※この本は現在出版されていないそうです。図書館にあるでしょうか。(記 吉村)

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< 投稿 >
  妻の入院が状況を変えました

令和6年度総会を無事終了、スタッフの皆様ご苦労様でした。私は身体の不調に加えて、近年難聴で会合に出席できず苦しんできました。会報が頼りでした。息子もひきこもってからもう長くなります。やっと「よかよかルーム」(福岡市ひきこもり地域支援センター)に通うようになり、そのたびいろんなことを学んで息子に提言してきました。しかし彼は全く聞き入れず、かえってまずい状況になり、私たち夫婦を避けるようになりました。
今年の2月家内がひざの手術で入院し、4月に退院しました。その間私と2人の生活でした。息子にも事情を説明しました。それから彼は母親のことを心配してくれるようになり、私の食事を作ってくれるようになりました。家内の退院後も私たちの2人の食事を毎日作ってくれています。また家内と話をするようになりました。ただし用件のみですが、少しは明かりが見えてきたようで、いくらか安心しております。
私の現役時代は家族に経済的に恵まれた生活を求めて働きました。それは安定したのですが、家族との心の交流が不足、家の中のことは家内にまかせっきり、父親としての役割不足でした。その結果が今の状況になったと反省と後悔ばかり。家内と息子に大変苦労を掛けました。私も高齢になり体に不安がありますが、健康に留意して、少しでも長く生きて家内と息子を守っていきたいと覚悟を新たにしています。今後とも皆様のご支援をよろしくお願い申し上げます。(S・K)

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今月は他にも素晴らしい投稿記事があります。ぜひ「楠の会だより」をご覧ください。
なお、当ホームページに「楠の会だより投稿」のサブページを設置しました。
こちらの方もご利用ください。
投稿の一部を掲載しています。→楠の会だより投稿    

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福岡「楠の会」支部会だより

数ある支部会だよりからいくつかの支部をWEB編集者独断で選んでいます。他の支部会の状況をご覧になりたい方は、「楠の会だより」をご利用ください。

★筑紫野の集い 5月8日(水)13:30~15:30 (筑紫野市生涯学習センタ-)参加者7名 (女性 6、男性 1 )

〇まず1か月間の報告として、NHKのヤングケアラーをとりあげたテレビ番組を見たという方の話からスタートしました。「昔は家の中で病気の人をお世話する事はあたり前と思っていて、助けてくださいと声を出すなんて思いもしなかった。今は相談に乗ってくれる所がある。しかし、立場は違うが、当事者である我が子は今、ヘルプを求めていません。」と話されました。何も言ってこない我が子から何らかの発信があれば、と願う親心を感じました。

〇ご主人の介護で忙しく当事者と関われなかったという方もいました。自分自身や配偶者の体調が悪くなってきたという話もよく聞くようになりました。

〇「連休中は兄弟姉妹が親の家に集まった。本人は兄弟姉妹の悩みを聞いてあげていた。以前よりは元気になったような気がする。」と報告されました。私達もお話から当事者が明るくなられたような気がして、嬉しく思いました。
別の方からは、当事者本人が他の支援先に相談に行っているとの報告。当事者は体調が安定しない中でも動かれているようです。「子供にはこうあってほしいという一般的な固定概念を捨てて、今の当事者を受け入れていただける人の中で生きて行けばいいと思います。」と仰っていました。

〇運営委員のメンバーから、今年度の会の新しい取り組みについて説明がありました。
支部会の進め方として、学習に今少し力を入れてみるとか、近隣の施設や支援機関を訪問してみるなど、目標を決めてやっていこうとのこと。また、当事者の創作展示会や「住まい方を考える会」を開くとの計画、さらに「当事者向けメッセージ」で親からの言葉を出していこうという企画も。
たくさんの計画のなかに、子どもたちが興味を持ってくれそうな案もありますね。来月の集いでは、わが支部会ではどう取り組むか、もっと話を深めたいと思います。 (K.M)

★有明の集い 5月11日(土)13:00~15:00 (ひとびと暖話室)参加者5名(女性3、男性 2 )

〇 今の息子は昼夜逆転の生活。食欲も少なくなり、細身になってきているようだ。内科の受診を提案しているが、対応が出来ない。父親へは相談もできない。間にいる自分は、両方からイライラする感情を受けている。今はそれが一番つらいところです。

〇 私が電話をしていると、「誰と電話している。自分のことを言っているのだろう」等と詰めよってくる。気持ちが落ち着かなくなり、自分自身が少し鬱のような感じすらしてくる。ゆっくり話せる場所があって、助かっている。

〇 季節の変わり目なのか、最近は殆ど口も利かない。自分自身の体調が不安定な時もある。また、親族からの不本意な言動も受け落ち込むこともあった。2か月に1回皆さんに出会えるのが楽しみです。

等と、2か月間の出来事などそれぞれの思いをゆっくりと話題提供してくださる。改めて継続の有難さを感じるところです。(G・M)

★久留米の集い 5月17日(金)14:00~16:00 (えーるピア久留米) 参加者7名( 女性6 、男性 1 )

〇 にぎやかに幕開け、話の中心は今年度の計画にあった新しい取り組みについて。
特に今年度の計画にある、<親亡き後の子の住まい方>について、親の家では住み続けることが難しい。家の維持管理、税金の支払い、近所との関わり、兄弟姉妹との関わりなどが可能かどうか。そんな問題を出し合う中で模索していきましょうと言う運営委員メンバーの説明を聞きました。

 〇 参加されている皆さんが困っている悩みを糸口に、雑談のように話が続き始まりました。
 お昼ごろから水をもって外を歩いて夜暗くに帰ってくる、雨の日も風の日も休まない、それももう数年になると言うお母さまのお話に、「すごい修行をしておられるんですね。得るものがいっぱいあると思いますよ」と言う声も。

 〇 家では朝起きて親とも話をして、普通に過ごしている。ただ昼間外を歩く時不審者の目を向けられることがあり、外出をためらっている。

 〇 訪問看護を受けてもう長くなるが、訪問の担当者とは話をしない。ただ逃げたり嫌がったりはしていない。母親が入院したりするたびに、洗濯、料理、掃除などできることを少しずつ増やしてきた。今はバスで歯医者など病院に行くようになった。

 〇 心療内科には行けない息子に、「お腹が痛いと言って、お薬だけもらいに行ったらいいのよ。」とお母さんに言ったら、本当に病院に行ったと言うお話。「親子の信頼関係ができていたのよね。」と皆さんから。


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